上念司氏のエンゲル係数を巡る発言にツッコミを入れてみる
エンゲル係数について,経済評論家の上念司氏がこんな発言をしている。
エンゲル係数は人工の高齢化で上がる。以上。アベノセイダーズの諸君はよく勉強しなさい。 https://t.co/4ziZdx9n5e
— 上念 司 (@smith796000) 2018年2月3日
エンゲル係数が急上昇したのは全部高齢化の影響であると理解しているようである。
上念氏が引用しているのは経済学者の田中秀臣氏のこのツイート。
「エンゲル係数が上昇して生活が苦しくなるのは安倍政権のせい。民主党時代の方がよかった」という間違った意見についてhttps://t.co/4r4Rmk1T7m
— 田中秀臣 (@hidetomitanaka) 2017年2月18日
田中氏はこのツイートで自分のブログを引用している。
さらに,そのブログは総務省統計局のレポートを引用している。
それがこちら。
ここで総務省統計局は下記のように分析している。
このエンゲル係数の推移を見ると、平成元年から平成16年にかけて低下していましたが、平成21年以降上昇しています。これは、エンゲル係数が、世帯主が60歳以上の高齢の世帯では高い傾向があるため、高齢化に伴って高齢の世帯の割合が上昇※していることなどが全体のエンゲル係数の上昇にも関係しているものと考えられます。(図1)
これが「エンゲル係数上昇は高齢化の影響」という根拠のようである。
だが,,このレポートをよく見てほしい。これは平成26年(2014年)までの調査結果をもとにした意見である。
ここでエンゲル係数の推移を見てみよう。
統計局ホームページ/家計調査(家計収支編) 時系列データ(二人以上の世帯)
上記のとおり,平成27年(2015年)及び平成28年(2016年)にエンゲル係数は凄まじい伸びを示している。
先ほどの総務省のレポートはこの2年間の伸びに関する考察を含んでいない。平成26年までの調査結果をもとにしたレポートだからである。
「高齢化の影響」であるなら,この2年間で急速に高齢化が進んだことになるが,おかしいだろう。
というわけで,ここで食料の価格指数を見てみよう。
消費者物価指数 2015年基準消費者物価指数 長期時系列データ 品目別価格指数 全国 年平均 | ファイルから探す | 統計データを探す | 政府統計の総合窓口
2014年あたりから唐突に急上昇している。
次に,エンゲル係数と食料価格指数のグラフを重ねてみよう。
ほぼ一致している。
次に,名目賃金指数も見てみよう。
給料はほぼ横ばい。アベノミクス開始前(2012年)と比べると,2016年は0.6ポイントしか伸びていない。
つまり,給料はほとんど変わらないのに,食料価格だけは急上昇してしまったのである。
これがエンゲル係数が急激に上がった一番の要因だと思うのだが,上念氏はどのように考えるだろうか。
エンゲル係数の上昇に高齢化も影響しているであろうことは否定しない。だが,それ「だけ」では,これほど急激に上がらない。
重要なのは「何が一番大きく影響したか」である。
それは食料価格の上昇以外に考えられない。
食料価格が急に上がったのは,消費税増税と円安が一番影響しているであろう。
増税も円安も「物価が上がる」という効果の面では全く同じである。
それが一気に来たら,食料価格が急激に上昇するのは当然である。
そして,円安はアベノミクスの効果である。
増税とアベノミクスが大きく影響し,エンゲル係数が上がった,と言うべきである。
長くなるのでこれぐらいにしておくが,アベノミクスについて詳しく知りたい方は是非拙著「アベノミクスによろしく」をお読みいただきたい。
エンゲル係数が上がった原因
こんなツイートが話題になっている。
民進小川「安倍政権でエンゲル係数が上昇している」
— ロジ (@logicalplz) 2018年1月31日
安倍「食への消費が拡大し景気回復したということ」
安倍ちゃん、ついにエンゲル係数を景気回復の指標にしてしまった模様。エンゲル係数が上がるほど好景気。エンゲルの法則ガン無視。経済学全否定。
誰かこの馬鹿を止めてくれ。日本が終わる。
安倍総理はエンゲル係数の上昇について,「食への消費が拡大し景気回復したということ」などという発言をしたのか。確認してみよう。
これが問題のやり取りの動画である。
まず,小川氏がこんな質問をしている。
生活の豊かさを示すエンゲル係数は顕著に上がっているという状況でありまして,こういった統計から明らかに言えることは,アベノミクスによって国民生活は苦しくなったと,いうふうになっておりますが,この点について,まず総理の所感をお伺いいたします。
これに対し,安倍総理がいろいろ回答するのだが,エンゲル係数について述べているのはこの動画の3分あたりから。
エンゲル係数についてでありますが,2人以上の世帯のエンゲル係数は,2005年を底に上昇傾向にありますが,これは物価変動の他,食生活や生活スタイルの変化が含まれているものと思います。いずれにせよ,アベノミクスを通じてですね,経済の好循環を加速させていきたいと思っておりますし,やはり,一番大切なことは,ちゃんと働く場があって,みんなが仕事につけるという状況と思うわけでありますが,昨日発表されました有効求人倍率を見ますと,1.59でありまして,これ43年と11か月ぶりの高い水準となっております。正規の雇用については,1.07となっておりまして,これは統計開始以来最高の数値となっております。
この前後についても確認してみたが,「食への消費が拡大し景気回復したということ」とは発言していない。
上記の発言をどれほど要約しても「食への消費が拡大し景気回復したということ」という意味にはならない。
これはデマである。危うく私も信じてしまいそうになった。ソースの確認は慎重に行わなければならない。
さて,ほんとに大事な問題はなぜエンゲル係数が上がったのか,である。
その前に,エンゲル係数とは何か。総務省の説明をそのまま引用する。
統計局ホームページ/統計FAQ 19A-Q12 エンゲル係数
逆に言うと,この係数が高いと生活水準が低くなっていることを意味する。
こういう数字であることを確認した上で,推移を見てみよう。
統計局ホームページ/家計調査(家計収支編) 時系列データ(二人以上の世帯)
昇竜拳みたいに上昇している。生活水準が急激に低下したということ。
ではこの原因は何か。
支出に占める食料費の割合が上がっているということは,単に食料の価格が上がっているということではないのか?
ということで,食料の価格指数を見てみよう(2015年=100とする指数)。
昇竜拳,再び。
思わず「ウホッッ!!」と言ってしまった。まるで壁のようだ・・・・
2016年(101.7)と,アベノミクス開始前の2012年(93.6)を比べると,8.1ポイントも上がっている。
これと,先ほどのエンゲル係数のグラフを重ねてみよう。
ほぼ一致。
食料価格の上昇がエンゲル係数上昇を招いた一番の要因と言ってよいだろう。
後述するが,アベノミクス以降,名目賃金はほとんど伸びていない。
給料が上がらないのに食料価格だけ上がったらエンゲル係数が上昇するのは当然である。
そして,なんでこんなに食料価格が急に上がったのかと言えば,消費税増税に円安を被せたことが一番大きいだろう。
増税も円安も「物価が上がる」という効果は全く同じである。
それを同時にやったらこんなに食料価格が上がるのは当たり前。
そして円安はアベノミクスの効果である。
結論「増税+アベノミクスでみんな生活が苦しくなりましたとさ」。
拙著,「アベノミクスによろしく」を読んだ方は分かると思うが,アベノミクスの失敗は極めて単純である。
つまり,
1.名目賃金がほとんど伸びないのに(青線)
2.物価は超上がったので(赤線)
3.実質賃金が墜落した(緑)
消費者物価指数 平成22年基準消費者物価指数 長期時系列データ 品目別価格指数 全国 年平均 | ファイルから探す | 統計データを探す | 政府統計の総合窓口
(なお,「アベノミクスによろしく」では年度データで分析しているが,上記のグラフは暦年データなので混同しないよう注意。また,2010年=100とする指数である)
そしてこの実質賃金の落ち込みが実質消費の落ち込みに大きく影響し,実質GDPも停滞した。代表的な5現象をまとめると,下記のとおりである。
1.2014年度の実質民間最終消費支出はリーマンショック時を超える下落率を記録した。
2.戦後初の「2年度連続で実質民間最終消費支出が下がる」という現象が起きた。
3.2015年度の実質民間最終消費支出は,アベノミクス開始前(2012年度)を下回った(消費がアベノミクス前より冷えた)。
4.2015年度の実質GDPは2013年度を下回った(3年分の成長率が1年分の成長率を下回った。)
5.暦年実質GDPにおいて,同じ3年間で比較した場合,アベノミクスは民主党時代の約3分の1しか実質GDPを伸ばすことができなかった。
そしてこれを覆い隠すために「カサアゲノミクス」発動・・・と。
詳しくは拙著を読んでいただきたい。下記の記事はダイジェスト。
なお,2016年になって実質賃金は上昇したが,これは物価が下がったのも影響している。
「前年比2%の物価上昇」という日銀の目標が達成されていれば,こうはならず,
実質賃金は大きく落ちていただろう。
2016年の名目賃金指数99.5と,アベノミクス開始前である2012年の名目賃金指数98.9を比較するとわずか0.6ポイントしか伸びていない。
4年もかけて0.6ポイントなのだ。
こんな状況で「前年比2%物価上昇」なんて現象が起きたら,実質賃金がまた墜落し,消費が落ち込むだけである。
アベノミクス開始からもうすぐ5年になるが,分かったのは「物価を無理やり上げたら賃金が追い付かず,消費が落ち込むだけ」ということである。
それにしても,安倍総理の回答は「アベノミクスによろしく」を読んでいれば論破できるようなものばかりではないか。
例えば,有効求人倍率。
2009年7月~9月頃を底にして,有効求人倍率は上昇に転じており,アベノミクスの開始前後で傾きに全く変化が無い。
リーマンショック後の傾向がそのまま継続しているだけである。
雇用改善は,生産年齢人口の減少,医療・福祉分野の需要増大,雇用構造の変化(非正規雇用の増大)によるもので,アベノミクスの前から続いていた傾向である。したがってアベノミクスは関係ない。
いろいろ書くと長くなるのでこれぐらいにしておくが,今後アベノミクスについて質問する国会議員の方々には是非事前に拙著を読んでいただきたい。
拙著にはグラフが90近く出てくるが,あれを全部パネル化しておけば大いに質問に役立つと思う。
人の本を批判するなら,読んでから批判してくれないか
トゥギャッターにこんなまとめがある。作成されたのは2017年12月9日。
題名が「#アベノミクスによろしくをめぐる議論と応答」なので,私の本を読んだ方が議論しているのかと思い見てみた。
批判的意見は貴重である。新たな気づきのきっかけになるからである。
だが・・・最初の部分でもう違和感が・・・
『アベノミクスによろしく』 https://t.co/UXcrCF8Dm4 を取り上げた東京新聞の「こちら特報部」 https://t.co/fAYt2KcxdM を読んでいるけど、一読して政権の経済政策批判としてダメダメなのが明白。デフレの悪影響を軽く見ているし、何より消費税増税の影響に全く触れていない。
— 杉山真大@震災被災者 (@mtcedar1972) 2017年12月5日
拙著を読んだ方なら分かるが,私は消費税増税の影響をきちんと書いている。
どうも,この方は拙著を読んだのではなく,拙著を取り上げた東京新聞の記事だけ読んでこのまとめを作ったようである。冒頭にもそんなことが書いてある。
さらに,2018年1月7日にはこんなツイートが。
自分も昨日書店で件の本 https://t.co/UXcrCF8Dm4 のまとめのとこをサラッと立ち読みしたんだけど、社会政策面の不備を指摘しているとこはまだしも経済関係のとこは自分としても腑に落ちなかったんだよね。図書館に入ってたら、借りて突っ込み入れようと思ってるけど。 #アベノミクスによろしく https://t.co/9hOjeIwuMt
— 杉山真大@震災被災者 (@mtcedar1972) 2018年1月7日
まとめだけ読んで腑に落ちないのは当たり前だと思う。だってそれ,結論部分だからね。理由付け読まないで結論に納得するなんて不可能じゃないですか。
それにしても,トゥギャッターでまとめ作成してから約1か月経った時点でやっと拙著のまとめ部分だけ読んだのか・・・
人の本を批判するなら,読んでから批判してくれないか。
先ほどのトゥギャッターのまとめは,単に拙著の名声にタダ乗りしてビューを稼いでいるだけではないか。読まずに批判しているなら「アベノミクスによろしくをめぐる議論と応答」という名前をつけるのはミスリードである。
なぜなら,このまとめを読む人は,拙著を読んだ人が議論していると勘違いしてしまうからである。
これはだめだろう。
今見たら8853ビューになっている。どうして誰も突っ込まないのだろうか。
誰かの本を批判するなら,まずその本を読み,著者の言いたいことを正確に理解しなければならない。こんなことは改めて言うまでも無い。そうしなければ,全く説得力の無い批判に終わってしまうし,デマを拡散することにつながる。
先ほどの「消費税増税の影響に触れていない」という主張が正にそう。拙著に対するただのデマになってしまっている。あたかも拙著が消費税増税に全く触れていないような印象を与えてしまうからである。
ただ,彼を強く責める気にもならない。なぜなら,批判ツイートをする際,毎回アマゾンの拙著ページへのリンクを貼ってくれているので,結果的に拙著の宣伝になっているからである。多分,アマゾンの拙著ページの引用ツイート回数は彼がNO1である。
批判するなら読んでからにしてほしい。単なるデマ拡散につながりかねないからである。読んでから批判するなら全く構わない。
そしてどんどん引用ツイートをして拙著を宣伝していただきたい。