おいおい,総務省統計局が怪しい数字を開発したぞ。みんな拡散して。
つい最近,総務省統計局が「消費動向指数」なる新しい統計を発表した。
今回はそれにツッコミを入れようと思うが,本題に入る前に,「カサアゲノミクス現象」について説明しておく。
簡単に言うと,平成28年12月に,日本のGDPが22年もさかのぼって改定されたのだが,アベノミクス以降が異常にかさ上げされているという現象である。
特に,家計最終消費支出のかさ上げが凄まじい。
日本のGDPの約6割を占めるのが民間最終消費支出。つまり,民間消費の総合計。
そして,民間最終消費支出の約98%を占めるのが家計最終消費支出。
家計最終消費支出が伸びなければ,日本のGDPは伸びない。
で,改定前の名目家計最終消費支出の推移はこんな感じだった。
単位は兆円。なお,この記事では全部暦年データを使う。
http://www.esri.cao.go.jp/jp/sna/data/data_list/sokuhou/files/2016/qe163/gdemenuja.html
2014年から2015年にかけてカクンと落ちている。
そして,2015年よりも,2004年~2008年及び2014年の方が高い数値を示している。
ところが・・・改定後の数字がこちら。
http://www.esri.cao.go.jp/jp/sna/data/data_list/kakuhou/files/h28/h28_kaku_top.html
2015年の数字が史上最高額になっている・・・。しかも,改定前は,2014年から2015年にかけてカクンと落ちていたのに,逆に上昇した。グラフの向きが正反対になったということである。
改定前後で家計最終消費支出がどれほどかさ上げされたのか,差額を抜き出したのが下記のグラフ。
2015年が昇竜拳みたいにかさ上げされている。その額なんと約8.5兆円。
アベノミクス以降でかさ上げ額1位~3位を独占。
そして,90年代はむしろかさ下げされている。全部マイナスですからね。
こんなん歴史の書き換えじゃねえか。野党の皆さん,ほんとマジでこれ騒いでよ。
そして,こんなに無茶なかさ上げをしたのだから,他の統計と齟齬がでるんじゃあるまいかと私は考えた。
消費関係で他に政府が公表しているデータと言えば,総務省統計局の家計調査における家計消費指数である。
その推移がこちら。
統計局ホームページ/家計調査 家計消費指数 結果表(2015年基準)
2013年に上がったが,その後はものすごい勢いで落ちている。アベノミクス万歳。
だた,これは各世帯の消費指数であり,総世帯の合計指数ではない。
そこで,単純に家計消費指数に世帯数をかければ,家計最終消費支出に近い数字が出るのではないか,と私は考えた。
世帯数の推移は下記のとおりである。
国民生活基礎調査 2016年 | ファイルから探す | 統計データを探す | 政府統計の総合窓口
だが,これはそのままだと使えない。ぼっこり落ち込んでいる部分があるが,それは震災の影響で世帯数を把握できなかったからである。
ところが,各県のHPを見ると,震災があったときの世帯数もちゃんと載っている。
そこで,各県のHPで公表されている世帯数を足して補正したものがこちら。
宮城県(10月末現在)
岩手県(3月末しかないので3月末)
熊本県(10月1日現在)
※1000世帯以下四捨五入したものを追加。福島が10月の数字を公表しているので,他もそれに合わせたが,岩手は3月末しかないので3月末の数字を採用。
で,この補正した世帯数に家計消費指数を乗じ,改定前の名目家計消費支出と比較したグラフがこちら。2002年を100とした指数で比較している。
思ったとおりだ。ほとんど同じ傾向を示している。グラフの動く向きが異なるのは2006年だけ。後は方向が全部一致し,乖離幅も小さい。
だが・・・改定後の家計最終消費支出と比較すると,恐ろしい結果が露わになる。
2014年まではほとんど同じ傾向だが,2015年からの乖離幅が異常。
2015年はグラフの動きが正反対。2016年は動く方向は同じだが,乖離幅は広がっている。
改定前後の家計最終消費支出について,家計消費指数×世帯数との乖離幅のみを比較したグラフがこちら。
改定後の家計最終消費支出の異常さについてお分かりいただけただろうか。
もう,無理くりかさ上げしているとしか思えない。
さて,ここまでは前置きである。これからが本題。
総務省が平成30年1月分から「消費動向指数」なるものを公表し始めた。
データはこちらから入手できる。
このデータについての総務省のサラッとした説明は下記のとおり。
消費動向指数は,家計調査の結果を補完し,消費全般の動向を捉える分析用のデータとして総務省統計局が開発中の参考指標です。家計消費指数を吸収するとともに,単身世帯を含む当月の世帯の平均的な消費,家計最終消費支出の総額の動向を推計しています。
家計調査では,単独世帯と総世帯について,毎月ではなく四半期ごとに公表していたが,この「消費動向指数」では,単独世帯も総世帯も毎月公表される。そして,総額についても,毎月指数が公表されるというのである。
この総額というのは,「総消費動向指数」として,2015年を100とした指数が公表されている。これはGDPの家計最終消費支出に対応するものらしい。
おや?じゃあこの指数と内閣府が公表している家計最終消費支出との関係はどうなるんだ?総務省が内閣府とは別に総額を計算して公表しているのか?でもそれで内閣府の数字とずれたらまずいだろう?
と思い,この「総消費動向指数」なるものと,先ほど見た家計最終消費支出について比較してみた。家計最終消費支出については2015年を100として指数化した。
一致。なんだ。やっぱり同じものじゃん。
総消費動向指数とは,少なくとも過去分については内閣の公表している家計最終消費支出をただ単に指数化しただけのものである。違いは毎月分を推計して公表していることだけか。
あのとっても怪しい家計最終消費支出と一致するのが総消費動向指数ということである。
念のため実質値についても比較してみた。
同じである。
それにしても実質で見ると悲惨である。2017年は2013年より下。4年間全然伸びていないことになる。原因は消費税増税に円安を被せて物価を思いっきり上げたからである。その物価の伸びに賃金が全然追い付かず,実質賃金が落ちた。賃金減ったら実質消費が伸びるわけがない。あんなに怪しいかさ上げをしてもこの程度。
では,各家庭の消費動向指数との比較はどうか。家計消費指数と,世帯消費動向指数を比較してみた。
2016年までは完全に一致。単純に過去のものを流用したのだろう。
2017年は,消費動向指数の方は実質と名目共に下降しており,家計消費指数の方は両方とも若干上向いている。
消費動向指数の方を見ると4年連続で下落しているということだ。悲惨。
さて,問題はなぜ「総消費動向指数」なるものが編み出されたか,である。
前述のとおり,各世帯の家計消費指数に,世帯数を乗じた数字と比較すると,どう見ても辻褄が合わなくなっている。
そういう計算をしなくても,端的に「各家庭の消費指数がこれだけ落ちているのに,家計最終消費支出が落ちていないのはおかしいのではないか」と思われる恐れがある。
「内閣府が公表している数字と総務省が公表している数字の辻褄があっていない」ということである。これに気づかれると,まずい(とはいえ,気付いているのはおそらく私だけだが・・・)
そこで,辻褄を合わせるため「総消費動向指数」なるものを編み出した,と考えるのは邪推であろうか。この数字があれば,内閣府の出す数字と総務省の出す数字が合っているように見えるので,かさ上げを覆い隠すことができる。
ほんとこの問題は国会で追及してほしい。なお,カサアゲノミクスについて詳しく分析した記事はこちら。
カサアゲノミクス問題については,某野党の議員から電話で話を聞かれたことがあり,おそらく国会で質問するんだろうな~と思っていたら,森友のスクープがあって吹っ飛んでしまった。本気で追及したらこっちの方がヤバイと思うんだが。
とはいえ,森友問題のおかげで「官僚は改ざんとかしないだろう」という世間の常識は見事に打ち破られたので,カサアゲノミクス問題が受け入れられやすくなる土壌ができたかもしれない。
アベノミクスの失敗について知りたい方は拙著「アベノミクスによろしく」をどうぞ。
現在発行部数4万部であるが,それでは世論にさざ波程度の影響も出ない。もっと多くの方に読んでいただきたいと思っている。
さあ,財務省の文書改ざんの次はそろそろGDPねつ造疑惑を追及してくれ
厚労省の裁量労働制データねつ造に続き,財務省が文書改ざんを認めたことで,行政府が出してくる資料の信頼性が根本的に揺らいでいると言えると思う。
というわけで,そろそろGDPねつ造疑惑についても追及してほしい。
今までは「まさか官僚がそこまでやらないだろう」ということで信じてもらえなかったかもしれない。
しかし,一連の事件により「日本の官僚はねつ造や改ざんまでやるレベルに落ちてしまった」という認識は広く共有されるに至ったと言えるだろう。
今こそGDPねつ造疑惑を追及する好機と言うべきである。
拙著「アベノミクスによろしく」を読んだ方やこのブログの読者はもう知っていると思うが,改めて説明する。
2016年12月8日,内閣府は新しい算出基準によるGDPを公表した。これに伴い,1994年度以降のGDPが全て改定された。
改定の概要は非常に単純化すると下記のとおり。
http://www.esri.cao.go.jp/jp/sna/data/data_list/kakuhou/files/h27/sankou/pdf/point20161222.pdf
1.実質GDPの基準年を平成17年から平成23年に変更
2.算出基準を1993SNAから2008SNAに変更
3.その他もろもろ変更
4.1994年まで遡って全部改定
「その他もろもろ変更」が最も重要なので覚えておいていただきたい。
この部分は,2008SNAとは全く関係無い。
以下,改定前の数値を「平成17年基準」,改定後の数値を「平成23年基準」と呼ぶ。
改定によって大きく名目GDPがかさ上げされた。改定前後を比較すると下記のとおり。
平成17年基準(青線)では,1997年度の521.3兆円が過去最大値であった。2015年度の500.6兆円と比較すると約20兆円もの差がある。
ところが,平成23年基準(オレンジ)では,1997年度がピークであることに変わりはないが,その額は533.1兆円。
他方,直近の2015年度の数字がなんと532.2兆円になっており,1997年度とほとんど同じ額になっているのである。
20兆円も差があったのに,改定によってその差が埋まってしまったということだ。
なぜそのようになるのか。下記のグラフを見ていただきたい。これは改定によるかさ上げ額を抜粋したものである。
アベノミクス開始後の2013年度以降の額が突出しているのが分かるだろう。
2015年度なんて31.6兆円もかさ上げされている。これはアベノミクス開始直前である2012年度の約1.5倍である。
これをかさ上げ率にしてみると下記のとおり。
アベノミクス開始以降だけ5%を超える高いかさ上げ率を記録しているのが分かる。
問題は,このかさ上げの内訳である。以下,内閣府公表資料から抜粋する。
http://www.esri.cao.go.jp/jp/sna/data/data_list/kakuhou/files/h27/sankou/pdf/point20161222.pdf
かさ上げ額の内訳を大きく2つに分けると,
1.2008SNA対応によるもの
2.「その他」
である。
2008SNAというのはGDPの国際的な算出基準である。以前は1993SNAを使用していた。この算出基準の変更によって研究開発費等がGDPに加えられるので,名目GDPが大きくかさ上げされる。
まずは2008SNA対応によるかさ上げ額から見てみる。
これをかさ上げ率にすると下記のとおり。
2015年度が1位,2014年度が2位,2013年度が3位。アベノミクス開始以降の年度が上位をすべて占めている。
だが,最も重要なのは「その他」のかさ上げ額だ。以下のグラフを見ていただきたい。
アベノミクス開始以降の年度が異常にかさ上げされているのが一目瞭然である。アベノミクスの開始前とは全く比較にならない。
「その他」のかさ上げ額がプラスになること自体,過去22年度でたった6回しかない。そのうちの半分をアベノミクス以降が占めている。
さらに,アベノミクス前だと,「その他」の最高かさ上げ額は2005年度の0.7兆円。他方,アベノミクス開始以後だと下記のとおり。
・2013年度4兆円
・2014年度5.3兆円
・2015年度7.5兆円
桁が違い過ぎる。
そして,特に1990年代を見ていただきたい。かさ上げどころか,かさ「下げ」されている。全部マイナスである。1994年度なんてマイナス7.8兆円。
そして,かつて史上最高額を記録していた1997年度に注目である。「その他」で5兆円もマイナスになっている。
2015年度の名目GDPは「2008SNA対応」で24.1兆円,「その他」で7.5兆円もかさ上げされ,合計で実に31.6兆円のかさ上げ。
他方,改定前に史上最高額だった1997年度は,「2008SNA対応」で16.9兆円,「その他」でマイナス5兆円,合計で11.9兆円のかさ上げ。
同じ基準で改定したはずなのに,かさ上げ額に20兆円も差があるのだ。
その原因は,2008SNA対応部分でのかさ上げにも大きく差がある上,「その他」でさらに差を付けられたからである。
「その他」の部分だけ見ると,2015年度と1997年度には実に12.5兆円もの差が付いている。
この結果,改定後の2015年度名目GDPは,史上最高額である1997年度にほとんど追いついた。
そして・・・2016年度の名目GDPは1997年度を追い抜き,史上最高の537.5兆円を記録した。
もう一度言う。「その他」は2008SNAと全く関係無い。
この全く関係無い部分でかさ上げ額の不自然な調整がされ,2016年度名目GDPが「史上最高」を記録するという現象が起きている。
「その他」の影響力がどれほど大きいのか。グラフで確かめてみよう。
下記は「その他」を含めた平成23年基準のグラフである。1997年度と2015年度がほとんど同じ額になっており,その差は0.9兆円しかない。
ここから「その他」を除いたのが下記のグラフである。
1997年度の方が13.4兆円も高い。
お分かりいただけただろうか。「その他」によって,1997年度を含む90年代の数値が大きく下げられ,他方でアベノミクス以降が思いっきりかさ上げされたのである。
この改定によって日本経済の歴史は書き換えられてしまったと言ってよいだろう。
私はこの現象を「カサアゲノミクス」と名付けた。
ただ,90年代は「その他」で大きくかさ「下げ」されていることも考慮すると「アゲサゲノミクス」と言った方が良いかもしれない。
私がピーチクパーチク騒いだ影響か,内閣府は,改訂から1年以上経過した平成29年12月22日になって,「その他」の内訳に近いものを公表した。
なぜ「内訳に近いもの」という微妙な表現になるかというと,内閣自身がこんなことを言っているからである。
http://www.esri.cao.go.jp/jp/sna/data/data_list/kakuhou/gaiyou/pdf/point20161208_2_add.pdf
本資料で掲げた「1.」から「3.」のそれぞれの項目は相互に影響し合っており、またここに掲げた以外の推計方法変更や基礎統計の反映などの影響もあり、これらの要因を厳密に分解できるわけではないこと、また、商業マージンの改定額については記録時点も異なっている(暦年値)ことや中間消費や最終需要といった配分先ごとの改定額を計算することが困難であるため、そのすべてが最終需要に配分されたとの仮定を置いた計算となっていることなどから、本資料の結果については、幅をもって見る必要がある。
要するに,これ以外にも項目があると言っているのである。「厳密に要因を分解できない」と言ってお茶を濁している。
結局,「その他」に近くなるような数字を切り出して急造したようにも見える。
裏話をすると,内閣府がこの資料を公表した2日後にBS-TBSにて,この「カサアゲノミクス」疑惑が取り上げられることが決定していた。私もVTRで出演した。内閣府ももちろん放送日程を把握している。
テレビ放映前に急いで作ったと考えるのは邪推であろうか。
この「内訳表に近いもの」に関する詳細な分析は下記の記事。
色々怪しい点があるのだが,最も怪しいのは家計最終消費支出と,総務省の家計調査とのズレである。その点を上記記事から抜粋する。
総務省は家計消費指数というものを公表している。
統計局ホームページ/家計調査 家計消費指数 結果表(2015年基準)
これは各世帯の消費支出を指数化したもの。
この数字に世帯数を乗じれば,GDPの項目の一つである「家計最終消費支出」と近い推移を示すのではないかと私は考えた。
(世帯数については,厚生労働省国民生活基礎調査の数字をそのまま使用すると,震災時の世帯数が大幅に減少してしまうため,各県が公表している世帯数で震災時の数字を補正した。詳しくは「カサアゲノミクスの分析」に記載)
なお,家計最終消費支出というのは,GDPの6割を占める「民間最終消費支出」の約98%を占めるもの。この数字が日本経済の心臓と言ってよい。
そこで,「家計最終消費支出」と「家計消費指数×世帯数」を比較したのが下記のグラフである。まずは改訂前の平成17年基準と比較する。
ほとんど同じ動きを示しているのが分かる。グラフの動く方向が違っているのは2006年のみ。グラフの乖離幅も小さい。
ところが・・・・これを改定後の平成23年基準と比較すると凄いことになっている。
改定後の数字も2014年まではほとんど同じ動きをしており,乖離も小さい。しかし,2015年に「家計消費指数×世帯数」は急落しているのに,平成23年基準は逆に上昇している。グラフの動く方向が正反対になっている。乖離幅も異常である。
そして,2016年はグラフの動く方向こそ同じだが,乖離幅はもっと大きくなっている。
ここで,改訂前後の家計最終消費支出と,「家計消費指数×世帯数」の乖離幅を比較したのが下記のグラフ。
平成23年基準(赤線)の乖離幅が,2015年になって突然異常に跳ね上がっているのが分かるだろう。2015年は4.3,2016年は5.6もある。
他方,平成17年基準(オレンジ線)の乖離幅は,最高でマイナス1.8である。
要するに,2015年の家計最終消費支出を思いっきりかさ上げしたのではないか,ということである。
拙著を読んだ方はもうご存知かと思うが,アベノミクス最大の失敗は消費を思いっきり落ち込ませてしまったことである。しかし,改訂のどさくさに紛れて家計消費をかさ上げし,その失敗を糊塗したように見えるのである。
一度かさ上げに手を染めたら,その後もずっとかさ上げする必要がある。なぜなら,本当の数字を出すと急激に落ち込んでしまうからである。
そして,かさ上げを続ければ続けるほど,他の統計とつじつまが合わなくなってくる。
上記のグラフはそのような現象が起きていることを示唆している。
是非この問題についても追及していただきたい。
アベノミクスの失敗について知りたい方は拙著「アベノミクスによろしく」をどうぞ。
下記記事はダイジェスト版。
「デフレ脱却」と「裁量労働制の対象者拡大」って矛盾してるぜ
裁量労働制対象者の拡大について,議論の前提となるデータがねつ造と言われてもおかしくないものであった,ということで大変話題になっている。
裁量労働制というのは,一定の時間働いたと「みなす」制度である。
例えば,このみなし時間が「8時間」と決められたら,1日何時間働いても「8時間」とみなされ,残業代は出ない。
なお,深夜労働(22時~翌朝5時)と休日労働には割増賃金を支払う必要がある(が,裁量労働制を採用している会社で深夜割増と休日割り増しをきちんと払っている企業なんてほどんどないんじゃないかと思う。)。
と,いう制度なのだが,難しく考える必要は無い。
ただ単に残業代が出なくなる制度,と理解しておいて間違い無い。
労働者側にとっては,みなし時間より短い労働時間で済ませれば,お得ということになる。
しかし・・・・そんな労働者が果たしてどれくらいいるだろうか。
私は一時期会社員として働いていた。
私の勤務していた会社はホームページ制作会社。
制作現場の社員達には専門業務型裁量労働制が適用されていた(私は法務室勤務だったので,私には適用されていない)。
で,実際にその社員たちに裁量があったかというと・・・
あるわけねえだろ。
だいたい,裁量労働制なのだから「遅刻」とか「早退」という概念自体存在しないはずなのだが,遅刻した社員は思いっきり注意されていた。
仕事が多いが,人員は全然足りない。
そんな状況で「仕事が終わったから早く帰ります」とか「昨日終電まで頑張ったから今日は午後から出社」なんて言えると思ってんの。無理だから。
会社は1年目の新卒社員にも専門業務型裁量労働制を容赦なく適用していたが,新卒社員が「私裁量労働制なんでもう帰ります!」とか言えるわけが無い。
「裁量労働制は労働者にもメリットがある」とのたまう輩は一年間ぐらい裁量労働制を採用している職場で働いてみろと言いたい。
そこにあるのは「残業代」というブレーキが外され,「定額働かせ放題」状態となった結果,「長時間労働地獄」と化した職場である。
もう一度言う。裁量労働制とは,単に残業代が出なくなる制度である。
労働者にとってのメリットは一切ない。
この裁量労働制であるが,残業代がカットされるので,もちろん労働者の給料は減ることになる。
経済界が裁量労働制対象拡大を熱烈に支援するのも,要するに給料を減らすことができるからである。
ここで,賃金と物価の推移を見てみよう。
簡単にまとめると・・・
1.名目賃金がほとんど伸びないのに(青線)
2.物価は超上がったので(赤線)
3.実質賃金が墜落した(緑)
消費者物価指数 平成22年基準消費者物価指数 長期時系列データ 品目別価格指数 全国 年平均 | ファイルから探す | 統計データを探す | 政府統計の総合窓口
なお,2016年になって実質賃金は上昇したが,これは物価が下がったのも影響している。「前年比2%の物価上昇」という日銀の目標が達成されていれば,こうはならず,
実質賃金は大きく落ちていただろう。
増税と円安で物価は上がったが,賃金が全然伸びなかった。
だから物価を考慮した実質賃金が墜落し,それが影響して,下記の「アベノミクスの失敗を象徴する5つの現象」が起きた。
1.2014年度の実質民間最終消費支出はリーマンショック時を超える下落率を記録した。
2.戦後初の「2年度連続で実質民間最終消費支出が下がる」という現象が起きた。
3.2015年度の実質民間最終消費支出は,アベノミクス開始前(2012年度)を下回った(消費がアベノミクス前より冷えた)。
4.2015年度の実質GDPは2013年度を下回った(3年分の成長率が1年分の成長率を下回った。)
5.暦年実質GDPにおいて,同じ3年間で比較した場合,アベノミクスは民主党時代の約3分の1しか実質GDPを伸ばすことができなかった。
物価だけ上がってしまい,賃金が全然追い付かなかったので,スタグフレーションを引き起こしたのがアベノミクスである。これによって国民の生活は苦しくなった。
賃金が上がらないのに食料価格だけ上昇したのでエンゲル係数も急上昇した。
↓詳しい分析記事はこちら
結局,順番が逆だったのではないか。つまり,まず先に賃金を引き上げ,それに伴って物価を上昇させていく,という形にしなければ,消費が落ち込み,実質経済は停滞してしまうのである。
そうすると,デフレ脱却を目指すのであれば,まずは賃金を上げていかなければならないというべきなのである。みんなの賃金が上がれば,購買力が高まるので,モノの値段を上げても売れるだろう。単純なことである。
賃金を上げるために政府ができることとして思いつくのが,残業代不払いを猛烈に厳罰化し,きちんと残業代を払わせることである。
今の日本は違法な残業代不払いがあまりにも横行し過ぎている。本来払われるべき残業代が全て払われていたら,賃金はこれほど低水準になっていないだろう。
そして,残業代がきちんと払われていれば,その労務コストを価格に転化しなければならないので,物価ももっと高水準になっていたはずである。
しかし,今安倍政権がやろうとしていることは真逆である。
残業代をきちんと払わせるどころか,「払わなくてもいい」対象者を拡大しようとしているのだから。
これは賃金の低下要因になり,ひいてはデフレ脱却の障害になることは間違いない。
安倍政権の主張は,端的に言えば「物価は上げたい。でも賃金は下げたい。」と言っているのと同じなのである。
それ,国民の生活が苦しくなるだけじゃねえか。
こういうことを言うと,「安倍総理は春闘での賃上げを毎年要請しており,2%の賃上げを達成してきた」という反論が聞こえてきそうだ。
しかし,「2%の賃上げ達成」というのは全労働者の5%程度にしか当てはまらない。これは拙著「アベノミクスによろしく」で指摘したとおりである。
そもそも労働組合の組織率は民間企業に限ると16%程度しかなく,しかもそれは大企業に偏っているのである。
さっきの名目賃金の推移をよく見てほしい。全体でみると給料は全然上がっていないのである。
私から見ると,安倍総理の賃上げ要請は「労働者にも配慮しています」というポーズにしか見えない。本当に労働者に配慮しているなら,こんなふざけた法案を躍起になって通そうとするはずはない。
ところで,いわゆる「リフレ派」の方々からも「裁量労働制は賃金の低下を招き,デフレ脱却の障害になる」というような主張が聞こえてきてもよさそうである。しかし,私の知る範囲ではそういう意見が見当たらない。極めて不思議である。
なお,今回のねつ造データ騒動により,「官僚は数字をごまかす」という認識が広まったものと思う。あのデータは今回の騒動で初めて出てきたものではなく,以前から使用されていたものなのだが,誰も気づかなかった。
「官僚の出すデータは正確である」という思い込みがあったからであろう。
しかし,その思い込みが間違いを招くことを今回の騒動は示している。
ここで,私が指摘している「カサアゲノミクス疑惑」についてももっと騒いでほしいと思う。今回の騒動に通じる要素がある。
要するにGDPが改定のどさくさに紛れてインチキされているという疑惑である。詳しくはこちらの記事。
前述した「アベノミクス失敗を象徴する5つの現象」のうち,1を除く4つはこのGDP改訂によって消滅してしまった。
この疑惑について,内閣がGDP改訂から1年以上経過した後に資料を公開したのだが,それについてさらにツッコミを入れたのが下記の記事。
特に家計最終消費支出と家計調査との異常なズレは必見である。
もっとこちらの問題も注目されてほしい。
なお,アベノミクス全般について知りたい方は拙著「アベノミクスによろしく」を読んでいただきたい。
下記の記事はダイジェスト。