モノシリンの3分でまとめるモノシリ話

モノシリンがあらゆる「仕組み」を3分でまとめていきます。

作者の連絡先⇒ monoshirin@gmail.com

「デフレ脱却」と「裁量労働制の対象者拡大」って矛盾してるぜ

裁量労働制対象者の拡大について,議論の前提となるデータがねつ造と言われてもおかしくないものであった,ということで大変話題になっている。

裁量労働制というのは,一定の時間働いたと「みなす」制度である。

例えば,このみなし時間が「8時間」と決められたら,1日何時間働いても「8時間」とみなされ,残業代は出ない。

なお,深夜労働(22時~翌朝5時)と休日労働には割増賃金を支払う必要がある(が,裁量労働制を採用している会社で深夜割増と休日割り増しをきちんと払っている企業なんてほどんどないんじゃないかと思う。)。

 

と,いう制度なのだが,難しく考える必要は無い。

ただ単に残業代が出なくなる制度,と理解しておいて間違い無い。

労働者側にとっては,みなし時間より短い労働時間で済ませれば,お得ということになる。

しかし・・・・そんな労働者が果たしてどれくらいいるだろうか。

 

私は一時期会社員として働いていた。

私の勤務していた会社はホームページ制作会社。

制作現場の社員達には専門業務型裁量労働制が適用されていた(私は法務室勤務だったので,私には適用されていない)。

で,実際にその社員たちに裁量があったかというと・・・

 

あるわけねえだろ。

 

だいたい,裁量労働制なのだから「遅刻」とか「早退」という概念自体存在しないはずなのだが,遅刻した社員は思いっきり注意されていた。

仕事が多いが,人員は全然足りない。

そんな状況で「仕事が終わったから早く帰ります」とか「昨日終電まで頑張ったから今日は午後から出社」なんて言えると思ってんの。無理だから。

会社は1年目の新卒社員にも専門業務型裁量労働制を容赦なく適用していたが,新卒社員が「私裁量労働制なんでもう帰ります!」とか言えるわけが無い。

裁量労働制は労働者にもメリットがある」とのたまう輩は一年間ぐらい裁量労働制を採用している職場で働いてみろと言いたい。

そこにあるのは「残業代」というブレーキが外され,「定額働かせ放題」状態となった結果,「長時間労働地獄」と化した職場である。

もう一度言う。裁量労働制とは,単に残業代が出なくなる制度である。

労働者にとってのメリットは一切ない。

 

この裁量労働制であるが,残業代がカットされるので,もちろん労働者の給料は減ることになる。

経済界が裁量労働制対象拡大を熱烈に支援するのも,要するに給料を減らすことができるからである。

 

ここで,賃金と物価の推移を見てみよう。

簡単にまとめると・・・

1.名目賃金がほとんど伸びないのに(青線)

2.物価は超上がったので(赤線)

3.実質賃金が墜落した(緑)

f:id:monoshirin:20180202141400p:plain

 

消費者物価指数 平成22年基準消費者物価指数 長期時系列データ 品目別価格指数 全国 年平均 | ファイルから探す | 統計データを探す | 政府統計の総合窓口

毎月勤労統計調査 平成28年分結果確報|厚生労働省

なお,2016年になって実質賃金は上昇したが,これは物価が下がったのも影響している。「前年比2%の物価上昇」という日銀の目標が達成されていれば,こうはならず,

実質賃金は大きく落ちていただろう。

 

増税と円安で物価は上がったが,賃金が全然伸びなかった。

だから物価を考慮した実質賃金が墜落し,それが影響して,下記の「アベノミクスの失敗を象徴する5つの現象」が起きた。

 

1.2014年度の実質民間最終消費支出はリーマンショック時を超える下落率を記録した。
2.戦後初の「2年度連続で実質民間最終消費支出が下がる」という現象が起きた。
3.2015年度の実質民間最終消費支出は,アベノミクス開始前(2012年度)を下回った(消費がアベノミクス前より冷えた)。
4.2015年度の実質GDPは2013年度を下回った(3年分の成長率が1年分の成長率を下回った。)
5.暦年実質GDPにおいて,同じ3年間で比較した場合,アベノミクス民主党時代の約3分の1しか実質GDPを伸ばすことができなかった。

 

 

物価だけ上がってしまい,賃金が全然追い付かなかったので,スタグフレーションを引き起こしたのがアベノミクスである。これによって国民の生活は苦しくなった。

賃金が上がらないのに食料価格だけ上昇したのでエンゲル係数も急上昇した。

↓詳しい分析記事はこちら

blog.monoshirin.com

 

結局,順番が逆だったのではないか。つまり,まず先に賃金を引き上げ,それに伴って物価を上昇させていく,という形にしなければ,消費が落ち込み,実質経済は停滞してしまうのである。

 

そうすると,デフレ脱却を目指すのであれば,まずは賃金を上げていかなければならないというべきなのである。みんなの賃金が上がれば,購買力が高まるので,モノの値段を上げても売れるだろう。単純なことである。

 

賃金を上げるために政府ができることとして思いつくのが,残業代不払いを猛烈に厳罰化し,きちんと残業代を払わせることである。

今の日本は違法な残業代不払いがあまりにも横行し過ぎている。本来払われるべき残業代が全て払われていたら,賃金はこれほど低水準になっていないだろう。

そして,残業代がきちんと払われていれば,その労務コストを価格に転化しなければならないので,物価ももっと高水準になっていたはずである。

 

しかし,今安倍政権がやろうとしていることは真逆である。

残業代をきちんと払わせるどころか,「払わなくてもいい」対象者を拡大しようとしているのだから。

これは賃金の低下要因になり,ひいてはデフレ脱却の障害になることは間違いない。

 

安倍政権の主張は,端的に言えば「物価は上げたい。でも賃金は下げたい。」と言っているのと同じなのである。

それ,国民の生活が苦しくなるだけじゃねえか。

 

こういうことを言うと,「安倍総理春闘での賃上げを毎年要請しており,2%の賃上げを達成してきた」という反論が聞こえてきそうだ。

しかし,「2%の賃上げ達成」というのは全労働者の5%程度にしか当てはまらない。これは拙著「アベノミクスによろしく」で指摘したとおりである。

そもそも労働組合の組織率は民間企業に限ると16%程度しかなく,しかもそれは大企業に偏っているのである。

さっきの名目賃金の推移をよく見てほしい。全体でみると給料は全然上がっていないのである。

私から見ると,安倍総理の賃上げ要請は「労働者にも配慮しています」というポーズにしか見えない。本当に労働者に配慮しているなら,こんなふざけた法案を躍起になって通そうとするはずはない。

 

ところで,いわゆる「リフレ派」の方々からも「裁量労働制は賃金の低下を招き,デフレ脱却の障害になる」というような主張が聞こえてきてもよさそうである。しかし,私の知る範囲ではそういう意見が見当たらない。極めて不思議である。

 

なお,今回のねつ造データ騒動により,「官僚は数字をごまかす」という認識が広まったものと思う。あのデータは今回の騒動で初めて出てきたものではなく,以前から使用されていたものなのだが,誰も気づかなかった。

 

「官僚の出すデータは正確である」という思い込みがあったからであろう。

しかし,その思い込みが間違いを招くことを今回の騒動は示している。

 

ここで,私が指摘している「カサアゲノミクス疑惑」についてももっと騒いでほしいと思う。今回の騒動に通じる要素がある。

要するにGDPが改定のどさくさに紛れてインチキされているという疑惑である。詳しくはこちらの記事。

 

blog.monoshirin.com

前述した「アベノミクス失敗を象徴する5つの現象」のうち,1を除く4つはこのGDP改訂によって消滅してしまった。

 

この疑惑について,内閣がGDP改訂から1年以上経過した後に資料を公開したのだが,それについてさらにツッコミを入れたのが下記の記事。

blog.monoshirin.com

 

特に家計最終消費支出と家計調査との異常なズレは必見である。

もっとこちらの問題も注目されてほしい。

 

なお,アベノミクス全般について知りたい方は拙著「アベノミクスによろしく」を読んでいただきたい。

下記の記事はダイジェスト。

blog.monoshirin.com