上念司氏にツッコミを入れまくってみる
経済評論家(らしい)の上念司氏が,実質賃金指数を全く理解していなかったことを暴露したこの記事はたいへんヒットした。
実質賃金指数6000という,あり得ない計算結果を出していたことにより,私の脳内で彼の異名は「ミスター6000」になった。
ところで,彼が何か私に対する反論めいたことを書いているのを見つけた。
「なんの反論にもなってなかった」って・・・反論ていうか,あなたがそもそも指数の概念も,実質賃金指数の算定式も分かってない,超論外の人っていうことを指摘しただけなんだが。。
例えて言うと,全裸で歩いているのを見かけて「いやいやいや,あなた全裸ですよ。まず服を着なさい。」とツッコミを入れただけだよ。反論でもなんでもなく当たり前のことを言っただけ。
で,彼が言いたいのは,要するに賃金の低い新規雇用者が増えることによって,全体の平均賃金が下がり,それが実質賃金の低下をもたらしている,と言いたいようである。
この新規労働者によって平均値が下がるという効果を「ニューカマー効果」と名付けよう。
拙著「アベノミクスによろしく」を読んだ方や,私のブログを読んでいる方ならよく分かると思うが,ニューカマー効果で実質賃金が下がったという主張に対する反論はとっくに書いてある。見飽きた屁理屈である。
まず,上念氏がネット界に大恥を晒すことになった問題の計算表を見てみよう。
改めていうと,実質賃金指数=名目賃金指数÷消費者物価指数×100
つまり,物価の上昇が名目賃金の上昇を上回ると,実質賃金が下がる。
ここが重要なポイントなのでよく覚えておいてほしい。
で,ここでいう指数とは,「ある時点の基準数値を100とした数」のこと。
上念氏の表を見ると,「名目賃金指数」列に,「30」と書いてあり,これは明白に「30万円」を意味するので,指数ではなく,実数。まずこの点が論外。
で,計算結果を見てみよう。新規労働者が参入したことにより,3年目の名目賃金が1年目より下がっている。
つまり「賃金の低い労働者が新しく入って,名目賃金が下がった」と言いたいようである。そしてそれが実質賃金の低下につながっていると。
要するに名目賃金の平均値が下がったから実質賃金が下がったと言っている。
では,現実の数値において名目賃金は下がっているのか,見てみよう。
アベノミクス前との比較が重要なので,2012年=100とする指数に算出し直して見てみよう。
(なお,この数値は統計不正発覚を受けて修正した後の数字。現在のところ2012年からの修正分しか公表されていない。)
御覧のとおり,名目賃金(青)は,2013年にちょっと下がり,あとはずっと上昇している。少なくとも下がっていない。
いかに上念氏が現実の数字を見ていないかが分かるだろう。
つまり「名目賃金の平均値が下がったから実質賃金が下がった」というのはデマ。
なお,ついでに指摘しておく。2018年の名目賃金が大きく伸びているのはインチキである。詳しくは下記の記事を参照していただきたい。
これは「3分の1しか抽出してなかった」という不正とは別次元の問題なので絶対に混同してはいけない。バカなのかわざとなのか知らないが安倍応援団が必死で混同させようとするので絶対に引っかからないこと。
要するに,2018年の名目賃金の伸びは,ちょっと背の高い別人に入れ替えて,シークレットブーツを履かせ,前年と比較し「背が伸びた!」と言っているようなもの。だが,こんなに卑怯な手を使っても結局実質賃金はほぼ横ばい。
話を戻す。実質賃金が大きく下がり,未だにアベノミクス前の水準に遠く及ばない(2018年は2012年より3.6%も低い)のは,物価が急上昇したから。
先ほどのグラフのオレンジの線をもう一度よく見てほしい。
ニューカマー効果を強調する輩はこの「物価が急上昇した」という点に全く触れない。
上念氏の表を見ても,物価上昇率が0.5%~0.7%とされており,現実の数字を全然見ていないことが露骨に分かってしまう。
物価が上がったのは,消費税の増税に円安インフレを被せたからである。
2015年までの間に,物価は4.8ポイント増えている。
日銀の試算によると,3%の増税による物価押上げ効果は2%と言われている。
したがって,4.8ポイントのうち,2.8ポイントは増税以外の要因とみてよいだろう。
その要因は円安以外に考えられない。円安は輸入物価の上昇をもたらすので,物価を押し上げる。
見てのとおり,アベノミクス前は1ドル80円程度だったものが,2015年に120円を超すレベルになり,ピークを迎えた。
その後,2016年にいったん円高になったので,2016年は前年に比べ物価が0.1ポイント落ちている。
そして,2017年からまた上昇に転じた。これは,また円安になったことに加え,原油価格が影響している。
原油は燃料だけではなく様々な商品の原材料にもなるので,その動向は物価に大きく影響する。
見てのとおり,2015年に原油は暴落した。これが円安による物価上昇をある程度相殺してくれたおかげで,2015年は1ポイントの物価上昇で済んだのである。この原油下落傾向は2016年も続いた。
ところが,2017年と2018年はだんだん原油価格が元に戻ってきたので,円安インフレに対する相殺効果が薄れ,物価がまた上がり始めたのである。なお,2018年の年末にまたぼこんと落ちているので,2019年の物価上昇は抑えこまれるかもしれない。
ここで注意すべきは,上昇したと言っても,2015年の暴落前の水準にはほど遠いということ。
すなわち,アベノミクス開始時の原油価格水準がそのままずっと維持されていたら,円安による物価上昇はこんなものでは済まなかったはずである。
で,なぜ円安になったかと言えば,日銀が異次元の金融緩和(アベノミクス第1の矢)を行ったことを受けて,投資家が「円が安くなる」と予想し,円売りに動いたから。
つまり,「増税とアベノミクス」によって無理やり物価を上げる一方,賃金の伸びがそれに全然追い付かないから,実質賃金が大きく落ちているのである。
ニューカマー効果を強調する輩は,平均値のことばかり言って,この「物価が急激に上がってしまった」点に全く触れない。
再掲するが,実質賃金指数=名目賃金指数÷消費者物価指数×100である。
つまり,実質賃金の話をするなら「物価」に触れなければならない。この点が全然分かっていない。
日銀がいつまでも物価目標を達成できないので,多くの人が「物価が上がっていない」と勘違いしている。
日銀の目標は「前年比2%の物価上昇」つまり毎年2%ずつ物価を上げていくこと。
「アベノミクス開始時点から2%」ではない。さらに,この物価目標は増税の影響を除くとされている。
アベノミクス開始時から,増税の影響も含めると,2018年の時点で6.6%も物価は上がっている。
その間,名目賃金は2018年に超絶インチキをしたのにもかかわらず開始前と比較して2.8%しか上がっていない。
このように,物価上昇が名目賃金の上昇を大きく上回ってしまったので,実質賃金がいつまで経ってもアベノミクス前の水準にすら届かないのだ。
ここで,総務省家計調査について見てみよう。
家計調査はサンプル数の上限が予め決まっている。その上,可処分所得や実収入については二人以上の世帯のうち勤労者世帯を対象にしているので,ニューカマー効果は無いと思われる。現在,2017年分までが公表されている。
まずは収入から税金や保険料を除いた可処分所得の推移から。
こちらもアベノミクス前との比較が重要なので2012=100とする指数で見てみよう。
データ元:総務省統計局
名目可処分所得は2014年に少し落ち込んだ後,上昇に転じているが,物価の上昇が大きく上回っているので,結局2017年時点での実質可処分所得はアベノミクス前を3ポイント下回っている。
次に,税金や社会保険料も含めた実収入について見てみよう。
データ元:総務省統計局
当然だがこちらも傾向は同じ。税金や社会保険料でお金を取られなかったとしてもなおアベノミクス前の水準より2.3ポイント低い。
このように,実質賃金で見ても,またニューカマー効果が無いと思われる実質可処分所得や実質実収入で見ても,アベノミクス前の水準を下回る。
これは,増税とアベノミクス(円安)で無理やり物価を上げる一方,賃金がそれに全然追い付かないから。
そして,この急激な物価上昇がエンゲル係数(家族の総支出のうち、食物のための支出が占める割合。係数が高いほど生活水準は低い)の急上昇にもつながっている。
データ元:総務省統計局
食料価格指数はアベノミクス前と比べると2018年の時点で10.3ポイントも上がっている。増税が全て食料価格に転化されて3ポイント寄与したとしても,7.3ポイント残るが,その最も大きな要因は円安である。
この点について「天候不順で野菜が高騰したせいだ!」とか言い出す輩が出てくるが,2014年あたりから日本は毎年異常気象に襲われ続けているのだろうか。んなわけない。
なお上念氏は高齢化が影響したなどと言っているが,それだと2014年あたりから急に高齢化が進行したことになる。こちらもそんなわけないだろう。
増税と円安の影響で食料価格が上昇した一方で,賃金が上がらないため,エンゲル係数が急上昇したのである。
で,重要なのは実質賃金の低下により何が起きたか,である。
日本のGDPの約6割を占める実質民間最終消費支出(要するに国内消費の合計)が,とんでもない停滞を引き起こしている。
リフレ派はこの実質消費の停滞に絶対触れない。
データ元:内閣府
見てのとおり,2014年~2016年にかけて,3年連続で落ちている。これは戦後初の現象。
2017年はプラスに転じたが,4年も前の2013年より下。この「4年前より下回る」という現象も戦後初。
実質賃金,実質可処分所得,実質実収入が減り,その影響で実質消費は停滞し,アベノミクス前より上がったのはエンゲル係数。
断言しよう。我々はアベノミクス前より確実に苦しい生活を強いられている。
これほど国内消費が停滞しているのだから,名目賃金が伸びないのも当たり前。国内消費に頼る企業は儲かっていないのだから。
円安による為替効果で輸出大企業は儲かるだろうが,それ以外の企業は特に恩恵を受けない。むしろ,原材料費の高騰などで,相当苦しい状況に立たされている企業は多いだろう。
さらに,この数字ですら思いっきりかさ上げされた結果なのである。
2016年12月にGDPは改定されたが,改訂前後の名目民間最終消費支出の差額を示したのがこのグラフ。
データ元:内閣府
御覧のとおり,アベノミクス以降が突出している。
特に2015年が異常。8.2兆円ものかさ上げ。
なお,名目民間最終消費支出におけるかさ上げは,国際的GDP算出基準(2008SNA)とは全く関係ない「その他」という部分でなされている。
アベノミクス以降は大きくかさ上げしているのに,なぜか90年代は全部マイナス。
この「その他」によるかさ上げ・かさ下げ現象を「ソノタノミクス」という。
こんなに数値をかさ上げしても,なお実質消費の低迷を覆い隠すことができていない。
先ほどのグラフのとおり,2015年の実質民間最終消費支出は2014年を下回った。さらに,2016年はその2015年をも下回った。
なお,改定前はもっと悲惨。2015年の数字がアベノミクス前(2012年)より下だったのだから。
さて,話を上念氏の表に戻そう。
この表は他にもおかしな点がある。
それは,登場人物が4人しかいないため,ニューカマー効果が大きくなりすぎること。
具体的に表にしてみよう。
上念氏の試算表だと,労働者の増加率が2年目は50%,3年目は33%。
では,現実はどうだろう。アベノミクス前の2012年を起点とした毎年の雇用者増加率を見てみよう(単位は万人)。
御覧のとおり,最も増えた年でもせいぜい2%。
2018年と2012年を比較して増加率を出しても7%である。
現実の新規労働者の既存労働者に対する比率はこの程度。
つまり,上念氏の試算だと,新規労働者の既存労働者に対する比率が大きすぎるので,ニューカマー効果が過大に現れてしまう。
こんな試算に意味は無い。
上念氏の試算表についておかしい点をまとめてみよう。
1.そもそも指数になってない。
2.実質賃金指数の算出方法が間違い(なぜか実数を物価上昇率で割っている)
4.現実の物価動向を無視(増税と円安で物価が急上昇した点を無視)
5.現実の労働者増加率を無視(このためニューカマー効果が過大に現れる)
こんなに現実を無視した試算表など無意味である。
ただ自分の結論に都合の良い極めて非現実的な数字を並べただけ。
必要なのは現実のデータをダウンロードして分析すること。
だが,おそらく上念氏はそのような分析すらしたことが無いと思われる。
していたら「実質賃金指数6000」なんて間違いは絶対にしない。
どこにどんなデータがあるのかも把握していないだろう。
だいたい,彼の説が正しければ新規雇用者が増え続ける限りいつまでたっても実質賃金が上昇しないことになりかねない。そんな馬鹿な話があるわけない。
ここで,高度経済成長期の賃金と物価の動向を見てみよう。なお,総合的な賃金指数が無いので代表的な産業である製造業で見てみる(1954年=100とする指数)。
見てのとおり,名目賃金が圧倒的な伸びを示し,それが物価を引っ張り上げている。物価は開始時と比べると2倍以上になっているが,名目賃金は7倍以上。
このように名目賃金の伸びが物価上昇を遥かに上回るので,実質賃金も順調に伸び,開始時と比べると3倍以上になっている。
これが本物の経済成長だ。
先に賃金が伸び,それが物価を引っ張り上げる。だから実質賃金も上がり,庶民も経済成長を実感できるのだ。
これとアベノミクスは真逆。物価だけ上がってしまい,名目賃金は全然追い付かない。実質賃金は墜落する。未だに開始前の水準にすら戻らない。
景気回復の実感が無いのは当たり前。
さて,ついでに安倍総理が喧伝している総雇用者所得についてもツッコミを入れておく。
要するに,1人当たりの実質賃金は減っているが,総額なら増えているというのである。
これは確かにそのとおりで,雇用者数が増えているから。
だが,問題は「それ,アベノミクスのおかげなの?」ということである。
ここで,職種別の増加雇用者数を見てみよう。これは2018年の職種別雇用者数からアベノミクス前である2012年の職種別雇用者数を引いたもの。
データ元:総務省統計局
医療・福祉が2位以下を大きく引き離してぶっちぎりの1位。125万人も増えている。2位と3位を合わせた数よりもなお多い。
これは明らかに高齢者の増大が影響しているので,アベノミクスと無関係。
2位の卸売・小売も,円安によって恩恵を受けるわけではないし,原材料費の高騰や記録的な消費低迷からするとむしろ害を受ける方なのでアベノミクスと無関係。
3位の宿泊業・飲食業について,宿泊は円安による外国人旅行客の増加で恩恵を受けるかもしれないが,飲食は原材料費高騰や消費低迷の影響を大きく受けるので,アベノミクスとは無関係。
4位の製造業はアベノミクスの影響といってよい。
5位以下は基本的に国内需要に頼るものばかりなのでこれもアベノミクスとは無関係。
アベノミクスがしたことは,要するに「円の価値を落とした」だけである。これと因果関係が無ければ「アベノミクスのおかげで雇用が増えた」とは言えない。
そして,このように,「増えた雇用の内訳」を見ると,アベノミクスと全然関係ないことが良く分かるのである。リフレ派はこの雇用の内訳に絶対触れない。
記録的な消費低迷が無ければむしろもっと増えていたのではないだろうか。
ついでに失業率の低下についても見てみよう。
データ元:総務省統計局
ご覧のとおり,失業率の低下はアベノミクス開始前からとっくに始まっている。
失業率ではなく完全失業者の絶対数についても見てみよう。
データ元:総務省統計局
当たり前だが,同じ傾向である。単に失業者が減ったから,失業率が下がっただけ。
ところで,リフレ派はこれについて,「民主党時代の失業率低下と,アベノミクス後の失業率の低下は質が違う」と言う。
総務省による完全失業者の定義は下記のとおり。
完全失業者 : 次の3つの条件を満たす者
1.仕事がなくて調査週間中に少しも仕事をしなかった(就業者ではない。)。
2.仕事があればすぐ就くことができる。
3.調査週間中に,仕事を探す活動や事業を始める準備をしていた(過去の求職活動の結果を待っている場合を含む。)。
上の3つに全部当てはまらないと完全失業者ではない。
そして,リフレ派は「民主党時代は職を探すことすら諦めた人が増えたので完全失業者が減り,失業率が下がっただけ」と言うのである。
もう,想像力が豊かですねとしか言いようがない。
確かに就業者数(雇用者に加え自営業者等も含む)も雇用者数もは2013年から増え始めたが,さっきも指摘したとおり増えた内訳(なお,就業者で見ても傾向はだいたい同じ)を見ると全然アベノミクスの引き起こした円安と関係ない業種ばかり。
たまたま増加のタイミングが一致しただけのものをアベノミクスの成果にしているだけ。
「俺が雨乞いしたら雨が降った。俺のおかげだ!」と言っているのと同じ。
さらに有効求人倍率についても見てみよう。
データ元:厚生労働省
アベノミクス前から,有効求職者数の減少が始まり,他方で有効求人数が増加し続けているため,有効求人倍率(有効求人数÷有効求職者数)は増加し続けている。
アベノミクス前後で傾向に変化は無い。
まあこれも見てもリフレ派は「民主党時代は求職活動を諦める人が増えただけ」って言うんだろうね。
なお,ついでにどういう年齢層の就業者が増えたのか見てみよう。
このグラフは年齢別の就業者について,2018年の数字から2012年の数字を差し引いて算出したもの。
データ元:総務省統計局
65歳以上の増加が圧倒的。266万人も増えている。年金だけだと生活していけないということなのだろうかね。
我々が老後を迎える頃よりも,今の老後世代の方が恵まれた環境にいると思うが,それでこの状態。あぁ,きっと我々の世代は死ぬまで働くはめになるのだろう。年金支給開始年齢が80歳になってたりして。
さて,上念氏がいかに適当な「経済評論家」であるかがより深く理解できたと思う。
彼もリフレ派の1人であるが,そんなリフレ派の財政楽観論を完全否定しているのが私の新著。
これを読めば今の日本の立ち位置が良く分かるはず。
【悲報】経済評論家の上念司氏,実質賃金指数を理解していなかった
経済評論家の上念司という人がいる。
この人,「実質賃金が下がるのは大した問題ではない」旨を喧伝し,熱烈に安倍政権を応援する人々の一員なのだが,そもそも前提を理解していなかったことが分かった。
最近話題になっている「実質賃金」とは,正確に言うと,実質賃金指数のこと。
厚生労働省の説明によると,実質賃金指数の算定式は下記のとおり。
要するに,実質賃金指数=名目賃金指数÷消費者物価指数×100
ここで,厚労省による指数の説明は下記のとおり。
要するに,ここでいう指数というのは,「ある時点の基準数値を100とした数字」のこと。
ここで上念氏のツイートを見てみよう。
「名目賃金を物価上昇率で割り戻した指数」と言っている。
いや,違うんだが・・
物価指数で割らないといけないんだが・・率で割ったら全然違う数字になるぞ。
そして,彼が計算した実質賃金指数と称する数字が次のツイートに掲載されている。
悲劇的な間違いが,そこにある。
この表を拡大したのがこちら。
おいおい・・・そもそも,この名目賃金指数の列にある「30」っていうの,指数じゃなくて「実数」だぞ。
この時点から既に間違えている。
再掲すると,実質賃金指数=名目賃金指数÷消費者物価指数×100
再度言うが,ここでいう指数というのは,「ある時点の基準数値を100とした数字」のこと。
しかし,この30というのは明白にただの30万円を意味している。つまり,指数ではなく実数である。
で,思い出してみよう。上念氏の脳内では実質賃金の計算式は「名目賃金÷物価上昇率」ということになっている。
そして・・・彼は,実数を物価上昇率で割るというとんでもないことをしている。
その結果,実質賃金指数と彼が勘違いしているものの数字は「6000」になるのだ。
(「1年目」の行。最後に100をかける,という点だけ合ってる。)
本当にびっくりした。
日頃から統計分析していればこんな間違いは絶対にしない。
6000なんていう桁違いの数字になってる時点で気付くだろ普通。
で,もっと驚くのがリプ欄。
だーれも気づかない。突っ込まない。
それどころか「分かりやすい」とか言ってるし。
そういうレベルの人達がヨイショしているということ。
このように,上念氏は実質賃金指数を全然理解していない。基本中の基本なのだが。
ちなみに,私が野党合同ヒアリングで提出した実質賃金指数の計算表がこちら。
これは前年同月を100とする指数を算出して計算している。
これが実質賃金指数計算の見本。
なお,上念氏は以前にもエンゲル係数でトンチンカンなことを言って私につっこまれていることを付記しておく。
それでも彼を信じたいなら私はもう何も言うまい。
なお,上念氏らリフレ派の財政楽観論を完全否定する拙著が明日7日発売。
「2018年の実質賃金大半がマイナス」の舞台裏
2018年の実質賃金の前年同月比の伸び率の大半がマイナスであることが大きく報道された。
これは1月30日に実施された野党合同ヒアリングがきっかけであるので,参加した当事者として話をまとめておく。
今,厚労省が東京都の500人以上の事業所について,本来全数調査すべきところを3分の1程度しか調査していなかったこと等が問題となっている。
しかし,実はもっと重大な問題がその裏に隠れている。
私がヒアリングに呼ばれたのもそれが理由。
簡単に言うと,2018年1月から賃金の算出方向が変更され,従来よりも2000円程度高くでるようになった。
高くなった要因は①サンプルの半分入替②ベンチマーク更新③3倍補正である。
ベンチマークと言うのは,要するに賃金を算出する際の係数のようなものと思えばよい。この更新の影響が大半を占めている。
そして,③の3倍補正というのは,約3分の1しか抽出していなかった調査結果を3倍して復元する操作のこと。これを2018年1月からこっそり行っていたことが最近判明した。
そして,厚労省は,2017年以前も3倍補正をして修正値を公表した。
しかし・・①のサンプルが半分違う点と,②のベンチマークが違う点はそのままである。
本来遡及改定すべきだが,厚労省はそれをせず,算出方法の異なる2018年と2017年のデータを「そのまま」比較し,「公表値」として発表しているのである。
サンプルも半分違うし,ベンチマークも違うのだから,それを比較するのは,別人の身長を比較しているのと同じ。
だからこれは端的に言ってウソ。
ウソの数字をずーっと「公表値」としているのである。
この「算出方法の違うデータをそのまま比較している」ことがおかしいと,私は去年の9月10日付のブログで指摘した(なお,この時は「3倍補正」までしていたことは明らかではなかった)。
要するに,この問題は,今回の統計不正問題の前からずーっと存在しているものであり,断じて混同してはならない。
私が合同ヒアリングに呼ばれたのは,上記のブログでこの問題を指摘していたのを国民民主の山井議員が見たことがきっかけ。
2018年と2017年でサンプル企業が半分入れ替わっているものの,残り半分は共通している。
そこで,厚労省はその共通事業所同士を比較した賃金の伸び率を「参考値」として公表している。これは公表値と異なり,別人の身長を比較しているようなことにならない。だからこちらが賃金の実態を表している。
そして,総務省の統計委員会も,この参考値の方を重視せよと言っている。
だが,この参考値,問題があった。
名目賃金の前年同月比伸び率は示しているのに,なぜか肝心の実質賃金の伸び率を示していなかったのである。この点に山井議員が気付いた。私もうっかりしていて,指摘されるまで気づかなかった。
実質賃金とは,要するに物価を考慮した賃金のこと。
例えば,あなたの給料が倍になったとしよう。しかし,物価もまた倍になってしまった場合,あなたの給料は「実質的に」上がったと言えるだろうか。言えないだろう。あなたの購買力は何も変わらないだから。
このように,物価を考慮に入れなければ,実質的に賃金が上がったかどうかは判断できない。だから,実質賃金が重視されるのである。
この実質賃金の伸び率を出せと再三言ったのに,なぜか厚労省は出さない。
そこで,1月30日,私が下記のように参考値の実質賃金の伸び率を算出したのである。実際に使った資料がこの3枚。
このように,計算表まで作って細かく説明したところ,厚労省の担当者も認めざるを得なかった。
で,「2018年の実質賃金の大半がマイナス」という報道になったのである。
その時の様子がこちらの動画。
参考値の実質賃金伸び率は本当にひどい結果だ。何しろプラスになったのが6月しかないのだから。後は11月がトントンで,残る9か月は全部マイナス。12月分はまだ公表されていないが,この調子だとおそらくマイナスだろう。
簡単に算出できるにもかかわらず,厚労省がこの参考値実質賃金伸び率を出したがらないのは,あまりにも結果がひどいから。
ちなみに,「算出方法が違うのにそのままデータを比較する」という,どう見てもおかしい事態になったのは,2015年10月の経済財政諮問会議における麻生発言が発端。
さっきたまたま見つけたのだが,総務省統計委員会の平成30年8月28日付資料にずばり麻生氏の名前が出ていた。重要部分を引用する。
http://www.soumu.go.jp/main_content/000576512.pdf
1.経緯
平成27年10月、経済財政諮問会議において、麻生議員がGDP推計のもととなる基礎統計(毎月勤労統計を含む)の充実に努める必要性を指摘。これを受け、同年11月、統計委員会に対して、サンプル替えの際に大幅な断層や遡及改訂が生じる場合の、サンプル替えのあり方や、遡及改訂する際の過去サンプルとの整合性のあり方について考え方を示すこと、これらを始めとする横断的な課題について、早急に検討し、方針を整理することを要請。(別添1)
上記要請を受け、統計委員会は、未諮問基幹統計審議の一環として、関連の課題を審議。毎月勤労統計の改善等については、
・ローテーション・サンプリングの導入に向け・・・取り組むことが必要
・賃金・労働時間指数の補正方法について・・・引き続き検討していく必要
・継続標本を利用して指数を作成し、参考系列として提供することを検討する必要などと結論。(別添2)
統計委員会は、上記結論を踏まえて、旧横断的課題検討部会の下に新旧データ接続検討WGを設置し、各種統計調査の接続方法に係る『望ましい方法』を整理。(別添3)
この整理に従い、厚生労働省は「毎月勤労統計の変更について」を諮問(97号)。統計委員会はこれを適当と答申。(別添4)
要するに,今まではサンプル入替やベンチマークを更新する際,データに変な段差が生じるので,遡って改訂していたのだ。しかし,それをやることによって,すでに公表した賃金の伸び率が下がるという現象が生じていた。そこに麻生氏がケチをつけた。
詳しくは私の下記記事にも書いてある。
麻生氏が自分で気付くとは思えないので,財務官僚の入れ知恵。
なんでこういうことをするかと言えば,賃金が上がらないと消費税増税がしにくいから。
ここで今までの賃金と物価の推移を見てみよう。なお,賃金については3分の1しか調査していなかった問題があるものの,代替するものが無いのでそのまま使う。
アベノミクス前後の比較がしやすいよう,2012年を100とする指数に直した。
ご覧のとおり,名目賃金(青)は5年もかけてたったの1%しか伸びていない。それなのに,物価は5.3%も上がってしまった。日銀の試算によると,3%の増税による物価押上げ効果は2%なので,残りはアベノミクスによって進行した「円安」が最も大きく影響している。
その結果,実質賃金(緑)は大きく落ちた。アベノミクス開始前(2012年)と比較すると,実質賃金は4.1%も落ちている。
なお,実質賃金が下がった原因について「非正規が増えたから平均値が下がった」と必ず言ってくる輩がいるが,ウソ。平均値が下がったことが原因なら名目賃金も下がらなければならない。
物価が急上昇した原因は,消費税の増税に円安を被せたから。
増税も円安も「物価が上がる」という効果は全く同じ。
そして6年目も前年比マイナスになることはほぼ確実。
2017年は見てのとおり前年比マイナスなので,2年連続で実質賃金が落ちるということだ。これだと消費税を増税するのは厳しいだろう。
アベノミクス信者は「景気回復期は新規労働者が増えて平均値を下げるから実質賃金が下がるのはむしろ当たり前」とか言うんだが,開始から5年も経過した2017年の時点でこの体たらくだぞ。未だに開始前の水準にすら戻らない。
いい加減そういう類のウソを信じるのは止めたらどうだろうか。
ちなみに,パート・アルバイト等を除く一般労働者の賃金と物価の推移がこちら。
要するにフルタイム労働者の賃金だが,フルタイム労働者の大半は正社員なので,これがおおむね正社員の賃金の推移を示していると見てよいだろう。
全体平均と比べると名目賃金は伸びている。とはいえ,5年もかけてやっと3.2%。
物価の伸びがそれを遥かに上回るので,結局実質賃金は下がりっぱなし。開始前と比較すると2.1%低い。
これを見ても「非正規が増えたから実質賃金が下がった」と言うのがウソだと分かるだろう。
日銀は今でも「前年比2%の物価上昇」を目標にしている。
しかし,フルタイム労働者ですら5年もかけて3.2%しか名目賃金が上がっていないのだから,1年で2%も物価が上がったら名目賃金が追い付かないのは目に見えている。
したがって,「前年比2%の物価上昇」は,「お前らの実質賃金ガンガン下げます」って言ってるのと同じ。
なお,消費者物価指数については,2018年の年平均値が出ている。
私が計算したところ,アベノミクス開始前の2012年と比較して,2018年の物価は6.6%伸びている。
つまり,2018年の給料が,2012年と比較して6.6%以上伸びていない場合,あなたの実質賃金はアベノミクス前より下がっているということだ。計算してみるといい。
ついでに,高度経済成長期の賃金と物価の関係を見てみよう。
なお,総合的な賃金指数が無いので代表的な産業である製造業で見てみる(1954年=100とする指数)。
データ元:物価は総務省統計局,賃金は「新版日本長期統計総覧第4巻」
見てのとおり,名目賃金が圧倒的な伸びを示し,それが物価を引っ張り上げている。物価は開始時と比べると2倍以上になっているが,名目賃金は7倍以上。
このように名目賃金の伸びが物価上昇を遥かに上回るので,実質賃金も順調に伸び,開始時と比べると3倍以上になっている。
これが本物の経済成長だ。
先に賃金が伸び,それが物価を引っ張り上げる。だから実質賃金も上がり,庶民も経済成長を実感できるのだ。
これとアベノミクスは真逆。物価だけ上がってしまい,名目賃金は全然追い付かない。実質賃金は墜落する。未だに開始前の水準にすら戻らない。
景気回復の実感が無いのは当たり前。
アベノミクスは順番を間違えた。なんという単純な間違い。
なお,アベノミクス全般の失敗については拙著「アベノミクスによろしく」に詳しく書いてある。
さて,統計に関する疑惑は,GDPが本丸。
国際的算出基準対応に伴うGDP改定と見せかけて,その基準と全然関係ない「その他」で数値を調整している(この現象を「ソノタノミクス」という)。
賃金問題はまだまだ序の口だ。
上記前著でもソノタノミクスに触れているが,今月7日発売の私の新著では,さらにその問題を深堀りしている。
これから日本に何が起きるのかを知りたいなら,ぜひ読んでいただきたい。
恐ろしい現実がそこにある。