【国家の統計破壊】ダイジェスト
前2作についてはダイジェストを書いていたが,今年6月7日に発売された拙著「国家の統計破壊」についてはダイジェストを書くのをさぼっていた。
今さらながらではあるが,ダイジェストを書く。
この本は,要するに,安倍政権による統計「かさ上げ」の実態を暴いたものである。
国会の議事録を多く引用しているので,前2作と異なり,人物がたくさん出てくるドキュメンタリー要素があるのが一つの特徴である。
第1章 「賃金21年ぶりの伸び率」という大ウソ
2018年8月,同年6月の毎月勤労統計調査速報値における名目賃金伸び率が3.6%を記録し,「賃金21年ぶりの伸び率」(又は賃金21年5ヵ月ぶりの伸び率)として,各社が一斉に報道するという出来事があった。
この章はそのカラクリについて書いたもの。
「賃金21年ぶりの伸び率」というのは大ウソである。
単に計算方法を変えて大幅にかさ上げしたのである。
なお,この章は,2018年9月10日,このブログにアップした記事を編集しなおして書いたもの。
その当時,厚労省の発表では,
①サンプルを一部入れ替えた(30人~499人の規模の事業について,従来は全数入替だったのを半分入替に抑えた)
②ベンチマーク(賃金を算出する際の係数みたいなもの)を更新した
という2つの要素が影響した,とされていた。
従来,このようにサンプル入替やベンチマーク更新をする際は,遡って改定していた。そうしないとデータに変な段差ができるからである。
しかし,2018年1月から遡って改定するのを止めた。
だから,2018年が猛烈に急上昇する,という結果になったのである。
特にベンチマーク更新の効果が一番大きい。
別人の身長を比較するようなことをして「賃金が伸びた!」と大ウソを喧伝したのである。
しかし,このかさ上げ要因に関する厚労省の説明も,実はウソだったのである。
第2章 隠れたかさ上げ
2018年12月,毎月勤労統計調査において,ずさんな調査が行われていたことが大きく報道され大問題になった。500人以上の規模の事業所については,全数調査することになっていたにもかかわらず,東京都については約3分の1しか抽出調査していなかったことが発覚したのである。
これが「統計不正問題」として世の中に最も認知されているものであろう。
だが,問題はここだけではない。
約3分の1しか抽出調査していなかったので,それを約3倍して補正する操作を,なぜか2018年1月分からのみ行っていたのである。これによって賃金がかさ上げされた。
つまり,第1章で紹介した厚労省の説明はウソだったのである。
長妻昭議員が国会で使用したパネルを見ると分かり易いので引用する。
https://naga.tv/wp-content/uploads/2019/02/804f4275f642496fd78e2f32cc58f58d.pdf
上が従来の「ウソの説明」
下が本当の説明。「復元分」と書いてあるのが「こっそり3倍補正」のことである。厚労省はこれを隠していたのだ。
なお,厚労省は,未だにウソの説明を堂々と毎月勤労統計調査のトップページに掲載した下記資料で展開している。
https://www.mhlw.go.jp/toukei/list/dl/maikin-20180927-01.pdf
私は野党合同ヒアリングでも,このウソの説明を訂正しろとはっきり注文したのに完全に無視。国民をなめ切っている。
厚労省は,3倍補正についてはバレたので,ここだけは遡って修正した。
しかし,これが最も重大なポイントだが①サンプル入替②ベンチマーク更新については,遡って修正していない。したがって,やはり賃金は大きく上昇してしまうのだ。
2013年~2017年,名目賃金は5年もかけてやっと1.4%しか伸びなかった。
ところが,2018年は,このインチキをしたことにより,たった1年で1.4%伸びるという異常現象が起きた。
しかし,それでも物価が1年で1.2%伸びたので,結局実質賃金はほぼ横ばい。未だにアベノミクス前の水準に遠く及ばない。
実質GDPの約6割を占める実質民間最終消費支出は,2014年~2016年にかけて,3年連続で下落した。
2017年は上向いたが,それでも4年も前の2013年を下回る。
この「3年連続下落」「4年前を下回る」というのは,戦後初である。しかもこの数字すら,後述するとおり「かさ上げ」したものなのだ。かさ上げが無ければもっと悲惨な結果になっている。
アベノミクスは戦後最悪の消費停滞を引き起こしている。
その原因は,消費税増税による物価上昇に,円安による物価上昇を被せたため,物価が急上昇したのに対し,賃金が全然追い付かなかったから。だから実質賃金が大きく落ちっぱなし。
日銀の「前年比2%の上昇」という物価目標が達成されていないせいで,多くの人が物価は上がっていないと勘違いしている。
間違いである。
日銀の物価目標は「前年比」。「アベノミクス開始前」と比較したものではない。しかも消費税増税による影響は除かれる。
増税も含めてアベノミクス前(2012年)と比較すると,2018年は6.6%も物価が上昇している。
アベノミクス以前の年収400万円の人だったら,賃金が26万4000円増えないと,実質賃金が下がってしまう計算になる。
あまりにも賃金が伸びないので,安倍政権は計算方法を変えてかさ上げするという姑息な手段を選んだのである。
第3章 隠される真の実質賃金伸び率
厚労省は,サンプルの入替前後で共通する事業所同士を比較した名目賃金伸び率を,「参考値」として公表している。同じ事業所だし,ベンチマークも共通するので,こちらの方が賃金伸び率の実態を表している。統計の司令塔である総務省統計委員会も,伸び率については参考値を重視せよとはっきり言っている。
しかしながら,この参考値,なぜか実質賃金伸び率が公表されていない。
物価の上昇率と,名目賃金の伸び率が分かれば,実質賃金の伸び率は簡単に算出できる。
簡単に出せるものを,むにゃむにゃ言って出さない。
なぜなら参考値の実質賃金前年比伸び率はマイナスになるからである。
アベノミクス以降,実質賃金が前年比プラスになったのは,2016年の1回しかない。
2018年もマイナスになってしまえば,2年連続でマイナスということであり,消費税増税に大きな壁となるだろう。
だから出したくないのである。
国民を騙してでも増税を強行したいのである。
第4章 かさ上げの真の要因
この章は,かさ上げの真の要因について分析している。
著者としては一番面白い章なのだが,読む方からすればかなり複雑かもしれない。
賃金かさ上げについて,3倍補正は遡って修正されたので,残るは①サンプル入替と②ベンチマーク更新の効果,ということにある。
しかし,私の分析によれば,実はこれもウソなのである。
本当の原因は,常用労働者の定義を変えたこと。
これにより,給料の低い日雇い労働者等が除外されてしまった。常用労働者の総数で言うと,定義変更の前後で100万人ぐらい減っている。
だから平均賃金が上がったのである。
厚労省が①サンプル入替②ベンチマーク更新の影響,と説明しているものの背後に,実は「常用労働者の定義変更」という本当の要因が隠されていたのだ。
ここからはちょっと本のダイジェストからはずれるが,私の推測が当たっていることを裏付ける現象がある。
それは,2019年の毎月勤労統計における,名目賃金前年比伸び率の異常な急降下である。
なんと,1月~4月までが全部マイナスになっている。
公表値と参考値と並べてみると,その異常さが際立つ。
ご覧のとおり,公表値(青)は,2018年中は参考値(オレンジ)をほとんど上回っていたが,2019年になると急降下し,全ての月でマイナスになっている。
しかし,共通事業所同士の比較であり,実態をより適切に表している参考値(オレンジ)は,2019年になっても全部プラスである。
なぜこうなるかと言うと,2019年は,30人~499人の規模の事業所について,サンプルを半分入れ替えたからである。2018年も半分入れ替えたが,2019年は残りの半分を入れ替えた。
企業は毎年5%ぐらい廃業していく。したがって,サンプル企業は優良企業ばかりが生き残っていき,賃金上昇率が高くなる。これを全部入れ替えると,優良でない企業がまた入り込んでくるので,賃金が下がるのである。入替を半分に抑えても,この賃金下降効果は発生してしまう。
しかし,だからといってサンプル企業を永遠に固定してしまうと,どんどん優良企業ばかり残ってしまい,実態から乖離する。
だから,定期的にサンプルを入れ替えて,その際に賃金が下がってしまうのは仕方のないことなのである。
ただ,そのままだと,入替の前と比べて,データに変な段差ができてしまう。
だから,サンプルを入れ替える際は,変な段差が出ないように,遡って修正していた。
ところが,この遡って修正を行うと,既に公表した賃金の伸び率が下がることになる。
ただでさえ賃金が伸びずに悲惨な状況だったので,後述するとおり,官邸がここに圧力をかけて,遡及改定を止めてしまったのである。
2018年はそれが好都合だった。なぜなら,私の推測どおり,かさ上げの真の要因が「常用労働者の定義変更」であったとすると,それによる賃金上昇効果が,サンプル入替による賃金下降効果を大きく上回る。その結果,2018年だけが大きく伸びることになるからである。
しかし,2019年は遡及改定しないことが逆に作用した。2019年だけ,サンプル入替による賃金下降効果が発生してしまい,前年と比べて大きく落ちることになってしまったのである。
サンプル入替をした場合,本当なら下がるのだ。逆になぜ2018年に上がったのかと言えば,それは常用労働者の定義変更があったからと考えると納得がいく。
今までどおり遡及改定していたら,こんなに悲惨な賃金下落率になっていない。
自業自得である。バーカ。
第5章 誰が数字をいじらせた
さっき答えを言ってしまったが,毎月勤労統計の遡及改定を止めさせたのは官邸である。それを明らかにしたのがこの章。
前述のとおり,遡って改定すると,既に公表した賃金上昇率が下がってしまう。
アベノミクス以降,ただでさえ悲惨だった賃金上昇率がさらに下がってしまう。
だから官邸が圧力をかけ,遡及改定を止めさせた。
専門家で構成される検討会が「今までどおりで良い」という結論を一度は出したにもかかわらず,それを無理やり捻じ曲げた。
で,さっきも言ったとおり,2019年はそのインチキの副作用をモロにくらってしまい,賃金が猛烈に下がったのである。
もう一度言う。
自業自得である。バーカ。
専門家の言うことを素直に聞いておけば良かったのである。
第6章 「ソノタノミクス」でGDPかさ上げ
2016年12月,GDPが改定された。
表向きは,国際的なGDP算出基準である「2008SNA 」への対応が強調された。この新基準により,研究開発費等が加わるので,約20兆円程度かさ上げされる。
しかし,問題はそこではない。その「2008SNA」とは全く関係無い「その他」という部分で,アベノミクス以降のみ大きくかさ上げされ,その一方で,90年代が大きくかさ下げされているのである。
この「その他」によってアベノミクス以降のみ大きくかさ上げされ,逆に90年代は大きくかさ下げされる現象を「ソノタノミクス」という。
ソノタノミクスでは前2作でも触れているが,本作ではさらに深く追及し,一つの結論に達している。この問題は国会でも追及されており,政府の回答に対する私のツッコミも載せた。端的に言えばソノタノミクス現象について政府は全く回答できていない。
ソノタノミクスで最も大きくかさ上げされたのは消費である。
どれだけ異常な現象が起きているか,見ていただきたい。
私は,GDPについては「ほんとはずっと前からもうマイナス成長でした」と言われてもあまり驚かない。
それぐらい凄いかさ上げをしている。特に国内消費。
こんなに一生懸命かさ上げしても,戦後最悪の停滞を引き起こしている。
第7章 安倍総理の自慢を徹底的に論破する
この章はアンチアベの人からすれば一番痛快かもしれない。
国会でよく目にする安倍総理の自慢話を完全に論破している章である。
前2作で書いていたことに加え,就業者数の増加についても新たな考察をした。
表にまとめると以下のとおりである。
こういうことを言うと,この表を見ただけで色々反論する輩が出てくることが容易に想像できるが「読んでから反論しろよ」と言っておく。
アベノミクスは国民をビンボーにしただけ。
戦後最悪の消費停滞を引き起こさなければ,雇用だってもっと増えていただろう。
第8章 どうしてこんなにやりたい放題になるのか
この章では,自民党がなぜやりたい放題になるのかを分析している。
端的に言えば,「力の拮抗した2大政党がある」という前提が無いにもかかわらず,小選挙区制が取られてしまっているから。
安倍一強と言うが,安倍総理になって以降の総選挙における自民党の小選挙区得票数は,民主党に大敗した平成21年の総選挙の際の自民党の得票数を一度も上回ったことが無い。
別に自民党が強くなったわけではない。対抗馬がいなくなっただけ。
この状況を打破するには,自民党との違いを強く打ち出した政策を掲げるしかない。
それが「賃金を上げる」ということである。
結局,アベノミクスの失敗は極めて単純であり,「賃金を上げるべきなのに,先に物価を上げてしまった」ことに尽きる。
だから実質賃金が大きくさがり,戦後最悪の消費停滞を引き起こしてしまった。
野党はこの逆をやればよい。つまり,物価ではなく,賃金を上げるのである。
標語的にこれを端的に表現すれば「上げるのは 物価じゃなくて 賃金だ」ということになる。
最低賃金の引き上げはもちろん,横行している残業代の不払いも徹底的に取り締まるべきである。
最低賃金の引き上げと言うと,すぐに韓国の失敗を例に持ち出し輩がいるが,そういう人にはデービッド・アトキンソン氏の本を読むことをお勧めする。
この本では,最低賃金を徐々に引き上げて成功したイギリスの例が紹介されている。
韓国はペース配分を間違えて急激に上げ過ぎただけである。
それから,残業代の不払いである。
私は労働弁護士だからよく分かるが,本当に残業代の不払いが横行しまくっている。
これが低賃金を生み出し,デフレにもつながっているのだ。
そしてそれは,過労死,過労うつの原因にもなっている。
自民党の最大のスポンサーは経団連。その無能な経営者達を守るため,目先の利益を優先して「低賃金・長時間労働」を放置した結果,日本は,経済成長もろくにできない上に,「仕事に殺されるリスクがある」という極めて異常な国となった。
労働者をボロ雑巾のように扱う国が成長できるわけがないだろう。労働者は消費者でもあり,国内消費が我が国のGDPの約6割を占めているのだから。
「普通に働いて普通に生きていける社会」これを実現してほしいのである。
無能な経営者の目線で目先の利益ばかり追求してしまうから。
この異常な状況を是正できるのは,労働者側に立てる野党しかない。
だから私は野党を応援している。
上念司氏にツッコミを入れまくってみる
経済評論家(らしい)の上念司氏が,実質賃金指数を全く理解していなかったことを暴露したこの記事はたいへんヒットした。
実質賃金指数6000という,あり得ない計算結果を出していたことにより,私の脳内で彼の異名は「ミスター6000」になった。
ところで,彼が何か私に対する反論めいたことを書いているのを見つけた。
「なんの反論にもなってなかった」って・・・反論ていうか,あなたがそもそも指数の概念も,実質賃金指数の算定式も分かってない,超論外の人っていうことを指摘しただけなんだが。。
例えて言うと,全裸で歩いているのを見かけて「いやいやいや,あなた全裸ですよ。まず服を着なさい。」とツッコミを入れただけだよ。反論でもなんでもなく当たり前のことを言っただけ。
で,彼が言いたいのは,要するに賃金の低い新規雇用者が増えることによって,全体の平均賃金が下がり,それが実質賃金の低下をもたらしている,と言いたいようである。
この新規労働者によって平均値が下がるという効果を「ニューカマー効果」と名付けよう。
拙著「アベノミクスによろしく」を読んだ方や,私のブログを読んでいる方ならよく分かると思うが,ニューカマー効果で実質賃金が下がったという主張に対する反論はとっくに書いてある。見飽きた屁理屈である。
まず,上念氏がネット界に大恥を晒すことになった問題の計算表を見てみよう。
改めていうと,実質賃金指数=名目賃金指数÷消費者物価指数×100
つまり,物価の上昇が名目賃金の上昇を上回ると,実質賃金が下がる。
ここが重要なポイントなのでよく覚えておいてほしい。
で,ここでいう指数とは,「ある時点の基準数値を100とした数」のこと。
上念氏の表を見ると,「名目賃金指数」列に,「30」と書いてあり,これは明白に「30万円」を意味するので,指数ではなく,実数。まずこの点が論外。
で,計算結果を見てみよう。新規労働者が参入したことにより,3年目の名目賃金が1年目より下がっている。
つまり「賃金の低い労働者が新しく入って,名目賃金が下がった」と言いたいようである。そしてそれが実質賃金の低下につながっていると。
要するに名目賃金の平均値が下がったから実質賃金が下がったと言っている。
では,現実の数値において名目賃金は下がっているのか,見てみよう。
アベノミクス前との比較が重要なので,2012年=100とする指数に算出し直して見てみよう。
(なお,この数値は統計不正発覚を受けて修正した後の数字。現在のところ2012年からの修正分しか公表されていない。)
御覧のとおり,名目賃金(青)は,2013年にちょっと下がり,あとはずっと上昇している。少なくとも下がっていない。
いかに上念氏が現実の数字を見ていないかが分かるだろう。
つまり「名目賃金の平均値が下がったから実質賃金が下がった」というのはデマ。
なお,ついでに指摘しておく。2018年の名目賃金が大きく伸びているのはインチキである。詳しくは下記の記事を参照していただきたい。
これは「3分の1しか抽出してなかった」という不正とは別次元の問題なので絶対に混同してはいけない。バカなのかわざとなのか知らないが安倍応援団が必死で混同させようとするので絶対に引っかからないこと。
要するに,2018年の名目賃金の伸びは,ちょっと背の高い別人に入れ替えて,シークレットブーツを履かせ,前年と比較し「背が伸びた!」と言っているようなもの。だが,こんなに卑怯な手を使っても結局実質賃金はほぼ横ばい。
話を戻す。実質賃金が大きく下がり,未だにアベノミクス前の水準に遠く及ばない(2018年は2012年より3.6%も低い)のは,物価が急上昇したから。
先ほどのグラフのオレンジの線をもう一度よく見てほしい。
ニューカマー効果を強調する輩はこの「物価が急上昇した」という点に全く触れない。
上念氏の表を見ても,物価上昇率が0.5%~0.7%とされており,現実の数字を全然見ていないことが露骨に分かってしまう。
物価が上がったのは,消費税の増税に円安インフレを被せたからである。
2015年までの間に,物価は4.8ポイント増えている。
日銀の試算によると,3%の増税による物価押上げ効果は2%と言われている。
したがって,4.8ポイントのうち,2.8ポイントは増税以外の要因とみてよいだろう。
その要因は円安以外に考えられない。円安は輸入物価の上昇をもたらすので,物価を押し上げる。
見てのとおり,アベノミクス前は1ドル80円程度だったものが,2015年に120円を超すレベルになり,ピークを迎えた。
その後,2016年にいったん円高になったので,2016年は前年に比べ物価が0.1ポイント落ちている。
そして,2017年からまた上昇に転じた。これは,また円安になったことに加え,原油価格が影響している。
原油は燃料だけではなく様々な商品の原材料にもなるので,その動向は物価に大きく影響する。
見てのとおり,2015年に原油は暴落した。これが円安による物価上昇をある程度相殺してくれたおかげで,2015年は1ポイントの物価上昇で済んだのである。この原油下落傾向は2016年も続いた。
ところが,2017年と2018年はだんだん原油価格が元に戻ってきたので,円安インフレに対する相殺効果が薄れ,物価がまた上がり始めたのである。なお,2018年の年末にまたぼこんと落ちているので,2019年の物価上昇は抑えこまれるかもしれない。
ここで注意すべきは,上昇したと言っても,2015年の暴落前の水準にはほど遠いということ。
すなわち,アベノミクス開始時の原油価格水準がそのままずっと維持されていたら,円安による物価上昇はこんなものでは済まなかったはずである。
で,なぜ円安になったかと言えば,日銀が異次元の金融緩和(アベノミクス第1の矢)を行ったことを受けて,投資家が「円が安くなる」と予想し,円売りに動いたから。
つまり,「増税とアベノミクス」によって無理やり物価を上げる一方,賃金の伸びがそれに全然追い付かないから,実質賃金が大きく落ちているのである。
ニューカマー効果を強調する輩は,平均値のことばかり言って,この「物価が急激に上がってしまった」点に全く触れない。
再掲するが,実質賃金指数=名目賃金指数÷消費者物価指数×100である。
つまり,実質賃金の話をするなら「物価」に触れなければならない。この点が全然分かっていない。
日銀がいつまでも物価目標を達成できないので,多くの人が「物価が上がっていない」と勘違いしている。
日銀の目標は「前年比2%の物価上昇」つまり毎年2%ずつ物価を上げていくこと。
「アベノミクス開始時点から2%」ではない。さらに,この物価目標は増税の影響を除くとされている。
アベノミクス開始時から,増税の影響も含めると,2018年の時点で6.6%も物価は上がっている。
その間,名目賃金は2018年に超絶インチキをしたのにもかかわらず開始前と比較して2.8%しか上がっていない。
このように,物価上昇が名目賃金の上昇を大きく上回ってしまったので,実質賃金がいつまで経ってもアベノミクス前の水準にすら届かないのだ。
ここで,総務省家計調査について見てみよう。
家計調査はサンプル数の上限が予め決まっている。その上,可処分所得や実収入については二人以上の世帯のうち勤労者世帯を対象にしているので,ニューカマー効果は無いと思われる。現在,2017年分までが公表されている。
まずは収入から税金や保険料を除いた可処分所得の推移から。
こちらもアベノミクス前との比較が重要なので2012=100とする指数で見てみよう。
データ元:総務省統計局
名目可処分所得は2014年に少し落ち込んだ後,上昇に転じているが,物価の上昇が大きく上回っているので,結局2017年時点での実質可処分所得はアベノミクス前を3ポイント下回っている。
次に,税金や社会保険料も含めた実収入について見てみよう。
データ元:総務省統計局
当然だがこちらも傾向は同じ。税金や社会保険料でお金を取られなかったとしてもなおアベノミクス前の水準より2.3ポイント低い。
このように,実質賃金で見ても,またニューカマー効果が無いと思われる実質可処分所得や実質実収入で見ても,アベノミクス前の水準を下回る。
これは,増税とアベノミクス(円安)で無理やり物価を上げる一方,賃金がそれに全然追い付かないから。
そして,この急激な物価上昇がエンゲル係数(家族の総支出のうち、食物のための支出が占める割合。係数が高いほど生活水準は低い)の急上昇にもつながっている。
データ元:総務省統計局
食料価格指数はアベノミクス前と比べると2018年の時点で10.3ポイントも上がっている。増税が全て食料価格に転化されて3ポイント寄与したとしても,7.3ポイント残るが,その最も大きな要因は円安である。
この点について「天候不順で野菜が高騰したせいだ!」とか言い出す輩が出てくるが,2014年あたりから日本は毎年異常気象に襲われ続けているのだろうか。んなわけない。
なお上念氏は高齢化が影響したなどと言っているが,それだと2014年あたりから急に高齢化が進行したことになる。こちらもそんなわけないだろう。
増税と円安の影響で食料価格が上昇した一方で,賃金が上がらないため,エンゲル係数が急上昇したのである。
で,重要なのは実質賃金の低下により何が起きたか,である。
日本のGDPの約6割を占める実質民間最終消費支出(要するに国内消費の合計)が,とんでもない停滞を引き起こしている。
リフレ派はこの実質消費の停滞に絶対触れない。
データ元:内閣府
見てのとおり,2014年~2016年にかけて,3年連続で落ちている。これは戦後初の現象。
2017年はプラスに転じたが,4年も前の2013年より下。この「4年前より下回る」という現象も戦後初。
実質賃金,実質可処分所得,実質実収入が減り,その影響で実質消費は停滞し,アベノミクス前より上がったのはエンゲル係数。
断言しよう。我々はアベノミクス前より確実に苦しい生活を強いられている。
これほど国内消費が停滞しているのだから,名目賃金が伸びないのも当たり前。国内消費に頼る企業は儲かっていないのだから。
円安による為替効果で輸出大企業は儲かるだろうが,それ以外の企業は特に恩恵を受けない。むしろ,原材料費の高騰などで,相当苦しい状況に立たされている企業は多いだろう。
さらに,この数字ですら思いっきりかさ上げされた結果なのである。
2016年12月にGDPは改定されたが,改訂前後の名目民間最終消費支出の差額を示したのがこのグラフ。
データ元:内閣府
御覧のとおり,アベノミクス以降が突出している。
特に2015年が異常。8.2兆円ものかさ上げ。
なお,名目民間最終消費支出におけるかさ上げは,国際的GDP算出基準(2008SNA)とは全く関係ない「その他」という部分でなされている。
アベノミクス以降は大きくかさ上げしているのに,なぜか90年代は全部マイナス。
この「その他」によるかさ上げ・かさ下げ現象を「ソノタノミクス」という。
こんなに数値をかさ上げしても,なお実質消費の低迷を覆い隠すことができていない。
先ほどのグラフのとおり,2015年の実質民間最終消費支出は2014年を下回った。さらに,2016年はその2015年をも下回った。
なお,改定前はもっと悲惨。2015年の数字がアベノミクス前(2012年)より下だったのだから。
さて,話を上念氏の表に戻そう。
この表は他にもおかしな点がある。
それは,登場人物が4人しかいないため,ニューカマー効果が大きくなりすぎること。
具体的に表にしてみよう。
上念氏の試算表だと,労働者の増加率が2年目は50%,3年目は33%。
では,現実はどうだろう。アベノミクス前の2012年を起点とした毎年の雇用者増加率を見てみよう(単位は万人)。
御覧のとおり,最も増えた年でもせいぜい2%。
2018年と2012年を比較して増加率を出しても7%である。
現実の新規労働者の既存労働者に対する比率はこの程度。
つまり,上念氏の試算だと,新規労働者の既存労働者に対する比率が大きすぎるので,ニューカマー効果が過大に現れてしまう。
こんな試算に意味は無い。
上念氏の試算表についておかしい点をまとめてみよう。
1.そもそも指数になってない。
2.実質賃金指数の算出方法が間違い(なぜか実数を物価上昇率で割っている)
4.現実の物価動向を無視(増税と円安で物価が急上昇した点を無視)
5.現実の労働者増加率を無視(このためニューカマー効果が過大に現れる)
こんなに現実を無視した試算表など無意味である。
ただ自分の結論に都合の良い極めて非現実的な数字を並べただけ。
必要なのは現実のデータをダウンロードして分析すること。
だが,おそらく上念氏はそのような分析すらしたことが無いと思われる。
していたら「実質賃金指数6000」なんて間違いは絶対にしない。
どこにどんなデータがあるのかも把握していないだろう。
だいたい,彼の説が正しければ新規雇用者が増え続ける限りいつまでたっても実質賃金が上昇しないことになりかねない。そんな馬鹿な話があるわけない。
ここで,高度経済成長期の賃金と物価の動向を見てみよう。なお,総合的な賃金指数が無いので代表的な産業である製造業で見てみる(1954年=100とする指数)。
見てのとおり,名目賃金が圧倒的な伸びを示し,それが物価を引っ張り上げている。物価は開始時と比べると2倍以上になっているが,名目賃金は7倍以上。
このように名目賃金の伸びが物価上昇を遥かに上回るので,実質賃金も順調に伸び,開始時と比べると3倍以上になっている。
これが本物の経済成長だ。
先に賃金が伸び,それが物価を引っ張り上げる。だから実質賃金も上がり,庶民も経済成長を実感できるのだ。
これとアベノミクスは真逆。物価だけ上がってしまい,名目賃金は全然追い付かない。実質賃金は墜落する。未だに開始前の水準にすら戻らない。
景気回復の実感が無いのは当たり前。
さて,ついでに安倍総理が喧伝している総雇用者所得についてもツッコミを入れておく。
要するに,1人当たりの実質賃金は減っているが,総額なら増えているというのである。
これは確かにそのとおりで,雇用者数が増えているから。
だが,問題は「それ,アベノミクスのおかげなの?」ということである。
ここで,職種別の増加雇用者数を見てみよう。これは2018年の職種別雇用者数からアベノミクス前である2012年の職種別雇用者数を引いたもの。
データ元:総務省統計局
医療・福祉が2位以下を大きく引き離してぶっちぎりの1位。125万人も増えている。2位と3位を合わせた数よりもなお多い。
これは明らかに高齢者の増大が影響しているので,アベノミクスと無関係。
2位の卸売・小売も,円安によって恩恵を受けるわけではないし,原材料費の高騰や記録的な消費低迷からするとむしろ害を受ける方なのでアベノミクスと無関係。
3位の宿泊業・飲食業について,宿泊は円安による外国人旅行客の増加で恩恵を受けるかもしれないが,飲食は原材料費高騰や消費低迷の影響を大きく受けるので,アベノミクスとは無関係。
4位の製造業はアベノミクスの影響といってよい。
5位以下は基本的に国内需要に頼るものばかりなのでこれもアベノミクスとは無関係。
アベノミクスがしたことは,要するに「円の価値を落とした」だけである。これと因果関係が無ければ「アベノミクスのおかげで雇用が増えた」とは言えない。
そして,このように,「増えた雇用の内訳」を見ると,アベノミクスと全然関係ないことが良く分かるのである。リフレ派はこの雇用の内訳に絶対触れない。
記録的な消費低迷が無ければむしろもっと増えていたのではないだろうか。
ついでに失業率の低下についても見てみよう。
データ元:総務省統計局
ご覧のとおり,失業率の低下はアベノミクス開始前からとっくに始まっている。
失業率ではなく完全失業者の絶対数についても見てみよう。
データ元:総務省統計局
当たり前だが,同じ傾向である。単に失業者が減ったから,失業率が下がっただけ。
ところで,リフレ派はこれについて,「民主党時代の失業率低下と,アベノミクス後の失業率の低下は質が違う」と言う。
総務省による完全失業者の定義は下記のとおり。
完全失業者 : 次の3つの条件を満たす者
1.仕事がなくて調査週間中に少しも仕事をしなかった(就業者ではない。)。
2.仕事があればすぐ就くことができる。
3.調査週間中に,仕事を探す活動や事業を始める準備をしていた(過去の求職活動の結果を待っている場合を含む。)。
上の3つに全部当てはまらないと完全失業者ではない。
そして,リフレ派は「民主党時代は職を探すことすら諦めた人が増えたので完全失業者が減り,失業率が下がっただけ」と言うのである。
もう,想像力が豊かですねとしか言いようがない。
確かに就業者数(雇用者に加え自営業者等も含む)も雇用者数もは2013年から増え始めたが,さっきも指摘したとおり増えた内訳(なお,就業者で見ても傾向はだいたい同じ)を見ると全然アベノミクスの引き起こした円安と関係ない業種ばかり。
たまたま増加のタイミングが一致しただけのものをアベノミクスの成果にしているだけ。
「俺が雨乞いしたら雨が降った。俺のおかげだ!」と言っているのと同じ。
さらに有効求人倍率についても見てみよう。
データ元:厚生労働省
アベノミクス前から,有効求職者数の減少が始まり,他方で有効求人数が増加し続けているため,有効求人倍率(有効求人数÷有効求職者数)は増加し続けている。
アベノミクス前後で傾向に変化は無い。
まあこれも見てもリフレ派は「民主党時代は求職活動を諦める人が増えただけ」って言うんだろうね。
なお,ついでにどういう年齢層の就業者が増えたのか見てみよう。
このグラフは年齢別の就業者について,2018年の数字から2012年の数字を差し引いて算出したもの。
データ元:総務省統計局
65歳以上の増加が圧倒的。266万人も増えている。年金だけだと生活していけないということなのだろうかね。
我々が老後を迎える頃よりも,今の老後世代の方が恵まれた環境にいると思うが,それでこの状態。あぁ,きっと我々の世代は死ぬまで働くはめになるのだろう。年金支給開始年齢が80歳になってたりして。
さて,上念氏がいかに適当な「経済評論家」であるかがより深く理解できたと思う。
彼もリフレ派の1人であるが,そんなリフレ派の財政楽観論を完全否定しているのが私の新著。
これを読めば今の日本の立ち位置が良く分かるはず。
【悲報】経済評論家の上念司氏,実質賃金指数を理解していなかった
経済評論家の上念司という人がいる。
この人,「実質賃金が下がるのは大した問題ではない」旨を喧伝し,熱烈に安倍政権を応援する人々の一員なのだが,そもそも前提を理解していなかったことが分かった。
最近話題になっている「実質賃金」とは,正確に言うと,実質賃金指数のこと。
厚生労働省の説明によると,実質賃金指数の算定式は下記のとおり。
要するに,実質賃金指数=名目賃金指数÷消費者物価指数×100
ここで,厚労省による指数の説明は下記のとおり。
要するに,ここでいう指数というのは,「ある時点の基準数値を100とした数字」のこと。
ここで上念氏のツイートを見てみよう。
「名目賃金を物価上昇率で割り戻した指数」と言っている。
いや,違うんだが・・
物価指数で割らないといけないんだが・・率で割ったら全然違う数字になるぞ。
そして,彼が計算した実質賃金指数と称する数字が次のツイートに掲載されている。
悲劇的な間違いが,そこにある。
この表を拡大したのがこちら。
おいおい・・・そもそも,この名目賃金指数の列にある「30」っていうの,指数じゃなくて「実数」だぞ。
この時点から既に間違えている。
再掲すると,実質賃金指数=名目賃金指数÷消費者物価指数×100
再度言うが,ここでいう指数というのは,「ある時点の基準数値を100とした数字」のこと。
しかし,この30というのは明白にただの30万円を意味している。つまり,指数ではなく実数である。
で,思い出してみよう。上念氏の脳内では実質賃金の計算式は「名目賃金÷物価上昇率」ということになっている。
そして・・・彼は,実数を物価上昇率で割るというとんでもないことをしている。
その結果,実質賃金指数と彼が勘違いしているものの数字は「6000」になるのだ。
(「1年目」の行。最後に100をかける,という点だけ合ってる。)
本当にびっくりした。
日頃から統計分析していればこんな間違いは絶対にしない。
6000なんていう桁違いの数字になってる時点で気付くだろ普通。
で,もっと驚くのがリプ欄。
だーれも気づかない。突っ込まない。
それどころか「分かりやすい」とか言ってるし。
そういうレベルの人達がヨイショしているということ。
このように,上念氏は実質賃金指数を全然理解していない。基本中の基本なのだが。
ちなみに,私が野党合同ヒアリングで提出した実質賃金指数の計算表がこちら。
これは前年同月を100とする指数を算出して計算している。
これが実質賃金指数計算の見本。
なお,上念氏は以前にもエンゲル係数でトンチンカンなことを言って私につっこまれていることを付記しておく。
それでも彼を信じたいなら私はもう何も言うまい。
なお,上念氏らリフレ派の財政楽観論を完全否定する拙著が明日7日発売。