最近,リフレ派経済学者の田中秀臣氏の下記本を読んだ。
内容的には,高橋洋一氏が言ってるのと同じことを言ってるなぐらいの感想。私としては特に真新しさは無いなと感じた。
で,この本に下記の記述がある。
また賃金の動向を見てみると、名目賃金(全産業の現金給与総額)は現状で21年5カ月ぶりの前年比3・6%という大幅上昇である。この名目賃金の伸びを反映して、実質賃金も同じく21年ぶりとなる2・8% の増加となって表れている。
田中秀臣. 増税亡者を名指しで糺す! (Kindle の位置No.1237-1239). 株式会社 悟空出版. Kindle 版.
私のブログの読者であればご存じだと思うが,急激な賃金の伸びにカラクリがあることは既に下記の本年9月10日付の記事で説明した。
かなり拡散したのだが田中教授の目には入らなかったのだろうか。
簡単に言うと,サンプルを入れ替え,さらにベンチマークも更新したのに,過去分について遡及改定しなかったため,賃金が大幅に伸びたことになってしまったのである。
違うデータを比較していると言っても過言ではない。
これが実態を現していないことについては,政府の統計委員会も認めており,本年9月29日付下記東京新聞の記事で報道されている。
記事の重要な部分を引用する。
厚生労働省が今年から賃金の算出方法を変えた影響により、統計上の賃金が前年と比べて大幅に伸びている問題で、政府の有識者会議「統計委員会」は二十八日に会合を開き、発表している賃金伸び率が実態を表していないことを認めた。賃金の伸びはデフレ脱却を掲げるアベノミクスにとって最も重要な統計なだけに、実態以上の数値が出ている原因を詳しく説明しない厚労省の姿勢に対し、専門家から批判が出ている。
問題となっているのは、厚労省が、サンプル企業からのヒアリングをもとに毎月発表する「毎月勤労統計調査」。今年一月、世の中の実態に合わせるとして大企業の比率を増やし中小企業を減らす形のデータ補正をしたにもかかわらず、その影響を考慮せずに伸び率を算出した。企業規模が大きくなった分、賃金が伸びるという「からくり」だ。
多くの人が目にする毎月の発表文の表紙には「正式」の高い伸び率のデータを載せている。だが、この日、統計委は算出の方法をそろえた「参考値」を重視していくことが適切との意見でまとまった。伸び率は「正式」な数値より、参考値をみるべきだとの趣旨だ。
参考値を見ろと統計委員会は言っている。
参考値だと今年6月の名目賃金前年同月比は1.3%。
6月はボーナス月であり振れ幅があるので,ボーナスを除いた値で見ると0.6%。
パートタイム労働者に絞ってみると、なんとマイナス0.2%。
https://www.mhlw.go.jp/toukei/itiran/roudou/monthly/30/3006r/dl/pdf3006r.pdf
こちらが実態である。
疑問なのは,田中教授の著書の発行日が本年12月7日であること(キンドル版は同月13日)。
東京新聞の記事は9月29日付。専門家の間ではかなり話題になったはず。
知らないでそのままにしてしまったのか。
知ったのならば発行までに時間的余裕はあるから修正できたはず。
何しろ統計委員会が参考値を見ろと言っているのだから,それを無視するのは専門家としてあるべき姿勢ではないだろう。
もし,知らなかったのならば,けっこう恥ずかしいことである。我々弁護士が法改正を知らないようなもん。
ついでにいうと田中教授が言ってる3.6%は速報値であって,確報値は3.3%だからね。私が9月10日にブログ書いた段階で確報値は公表されている。なんで速報値の方を使ってしまったのか。
修正した方が良いと思うがいかがだろうか。
なお,この本にも高橋洋一氏が唱える財政楽観論の理屈が色々出てくるが,来年2月に出る私の本でそこら辺の楽観論について全否定する内容を書いている。
この本は財政の基本的知識から書いており,分かりやすさを心がけたので誰にでも理解できるはずである。財政楽観論のいい加減さをよく理解していただけると思う。
前著と違って漫画もなくタイトルも地味だが,内容は更に進化している。
前著の図表の数は約90個だったが,これは約160個。徹底的にデータに基づいて書いた。戦前のデータまで遡り,日本財政の過去・現在・未来が分かる内容になっている。
そのうち前著同様,私のブログにダイジェスト版を書く予定。