モノシリンの3分でまとめるモノシリ話

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これが日本の現実

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※データ元:内閣府財務省

GDP成長率は,1955年度~1980年度は1990年基準,1981年度~1995年度は2000年基準,1996年度~2015年度は2005年基準

 

このグラフは名目・実質GDP成長率の5年平均(左軸)及び新規建設国債特例国債発行額の5年平均(右軸)を示すものである。

国債の方は累積発行額ではない。毎年発行されている新規国債発行額について,5年間の平均値を算出したもの。そこはくれぐれも勘違いしてはいけない。

新著に使用したグラフのうち,強く印象に残っているものの一つ。

(他にも驚くグラフはまだまだある。)

 

GDP成長率が名目・実質共にぐんぐん落ちていく一方,それと反比例して国債発行額は増え続けている。

新規国債発行額が前の5年間よりも減ったのはバブル期が含まれる1986年度~1990年度の5年平均のみ。

だが,こうやって見ると,バブル期の成長率も,高度経済成長期に比べると全然大したことはない。

そして,バブル崩壊以降の経済成長率なんてひどすぎて目も当てられない。プラスを保つのがやっという程度。

 

過去一番GDP成長率が高い1966年度~1970年度の5年平均は実質が10%超,名目も15%を優に超えている。が,それでも借金はしている。今と比べるとわずかな額ではあるが。

高度経済成長期は,毎年のように減税しても税収が増えるぐらい,凄い時代だった。

正に経済成長がすべてを解決していた。

 

日本は高度経済成長期の幻想をこじらせ過ぎたのではないか。

 

落ちる経済成長率,増える国債発行額。

経済成長できない分を借金でごまかし続けている。

これが日本の現実である。

こんなもの,もつわけないと思う。

 

どんどん高齢人口が増えていき,社会保障費の負担は増大する一方,成長率は落ちていく。

それなのに,「経済成長すれば何とかなる」と思い続け,歳出に見合う増税をすることから逃げ,借金でごまかし続けた。

そして今,超特大の借金が積みあがっている。

きちんとこつこつ増税していけばこんなことにはならなかったのに。

借金返済に足を取られ,未来への投資にお金を回すことができず,ますます少子化を悪化させる状態にならなかったのに。

一般会計歳出の4分の1くらいが借金返済に回っている。これじゃあいろんなところでお金が足りなくなるのは当たり前。

ちなみに,その返済資金だって借金で調達している。

 

歳出が増えていく中,日本政府がやってきたことは,減税だった。

所得税法人税を減税し,消費税で穴埋めしようとして思いっきり失敗した。

なんで減税したかって?きっと「経済成長すれば何とかなる」って思ったからだよ。

 

生産年齢人口は人類史に例を見ない勢いで減っていく一方,高齢者は増えていく。

2025年に団塊の世代後期高齢者になるが,それは通過点に過ぎない後期高齢者数のピークは2054年。はるか先にある。

巨額の社会保障費が必要になるということだ。

これから先の未来の方が,今までよりもっとお金がかかるのだ。比較にならないほどに。

なのに・・・もう既にあり得ないぐらいの巨大債務を背負っている。

 

この戦いは,勝てるわけがない。

終戦間際の日本人の心境はこんな感じだったのかもしれない。

 

でも,まだ夢を見続けようとする。

来年は再び東京オリンピックを開催する。

そしてつい最近,万博の開催まで決定した。

「あの高度経済成長をもう一度」・・・

そんな思いを感じるのは私だけではないはずだ。

 

で,「経済成長すれば財政問題も解決する」とか言っている。

ウソつくなよ。もうそんな次元じゃねえよこれ。

 

まだ,高度経済成長期の幻想をこじらせているのか。

こんなに失敗し続けてるのに。

いつになったら現実と向き合うのだ。こんなに未来を食い荒らして。

 

 

こういうことを言うと,こんな反論が返ってくる。

 

国債は円建てだからデフォルトしない
国債の9割は国内で保有
・日本は資産たくさん持ってる
・日本は対外純資産世界一
・日本は経常収支黒字
・日銀保有国債は統合政府で見ると帳消し

だから絶対日本は破綻しないと。

 

私の新著では,このような楽観論を徹底的に潰した。

ダイジェストは下記のとおり。

blog.monoshirin.com

色んな人から反感を買うだろう。特に財政楽観論者からは。

 

この本を書いた動機の一つに,楽観論を吹聴する者達への怒りもある。

楽観論者が言っているのは,要するに「誰も痛い目に遭わないで済む」ということであるが,そんな都合の良いことがあるわけないだろう。

楽観論は,結局たくさんの人をぬか喜びさせるだけに過ぎない無責任な人気取りの言説である。

私の本を読めば,巷に流布されている楽観論がいかにでたらめなものか分かるはず。

 

 

もう破滅的な事態は避けられないと私は思っているが,いざそのような事態になった場合,きっと楽観論者は屁理屈をこねくり回して逃げるだろう。

あれだけでたらめな説を振りまいて夢を見させておきながら。

私はそれが許せない。

 

ああいう無責任で楽観的な人達が,この国をここまでボロボロにしたんだと思う。

目先のことだけ考えて,不都合な事実に目を背け,現実逃避を繰り返してきたからこうなったんだと思う。

 

そんなことはもう繰り返してはならないのである。

だから私はこの本を書いた。

これが本当に注目されるのは破滅的な事態が起きた後なのかもしれないが。