「今はデフレだから」というセリフをちょくちょく見かける。
一体どこを見て言っているのだろうといつも思う。
そもそもデフレとは何だろう。平成13年度年次経済財政報告における内閣府の説明を引用してみよう。
ここでのデフレの定義は、持続的な物価下落という意味である。デフレという用語は、我が国では景気後退と物価下落が同時に起こることという意味で使われる場合もある。しかし、ここでは、国際的に通常使われる上記の定義を用いている
「持続的な物価下落」がデフレである。
では持続的に物価が下落しているのか。実質賃金算定の基礎となる数字であり、我々の体感に最も近い「消費者物価指数(持ち家の帰属家賃除く総合」を確認してみよう。
データ元:総務省統計局
見てのとおり、アベノミクス以降、前年より物価が下がったのは2016年のみ。2020年が前年比横ばい。あとは全ての年で前年より物価が上昇している。
2020年と2012年を比較すると、7.2%も上昇している。
「持続的な物価下落」など起きていないことは一目瞭然である。
逆だ。物価は上がっている。
これは総合指数だが、食料だけに絞るともっと悲惨である。
データ元:総務省統計局
アベノミクス以降、全ての年で前年を上回っており、2020年と2012年を比較すると、なんと13%も上昇している。
なんでこんなに急に上がっているのか。消費税増税の影響もあるが、それだけではこんなに上昇しない。
異次元の金融緩和で無理やり円安にしたからである。
円安になれば輸入物価が上昇するので、それは当然国内物価に転嫁される。
為替レートの動きを見てみよう。
データ元:日本銀行
民主党政権時は1ドル80円ぐらいだったのが、アベノミクス以降、最も安い時で1ドル120円台を記録した。これは円の価値がドルに対して約3分の2になってしまったことを意味する。
さらに、通貨の真の実力を示す実質実効為替レートを見ると、今の円の実力は、1970年代前半と同レベルにまで落ちている。特にアベノミクス以降の落ち方が酷いのが分かるだろう。
ただ、急速な円安と同じタイミングで、たまたま原油が暴落した。
最も円安が進行した2014年~2015年に、まるで崖から落ちるように原油価格が暴落しているのが分かるだろう。半分以下にまで落ちた。
データ元:
原油は輸送燃料に使用される他、様々な商品の原材料になるので、これが暴落すると、物価の下落要因になる。
つまり、円安による物価上昇を、この原油暴落がある程度抑え込んでくれたのである。これが無ければもっと物価は上昇していたであろう。
2016年は前年より円高になり、原油価格も回復しなかったため、アベノミクス以降で唯一物価が前年より下がった。
それ以降は、また円安になり、かつ、原油価格がもとに戻ってきたので、再び物価が上昇した。
そして、問題は最近の傾向である。
円安が急に進行し、原油価格も上がり始めた。
円安+原油高の悪魔合体である。その影響で値上げラッシュが起きている。
ほしいものがあれば今のうちに買っておいた方がよいと思う。
ところで、物価だけに注目してはダメで、賃金と並べて見ないとほとんど意味が無い。
名目賃金、実質賃金、消費者物価指数を並べたグラフを見てみよう。
デフレばかりに注目が集まってきたが、アベノミクス前の時点の2012年は、物価のピークだった1998年の104.7と比べると、4.7ポイント程度しか落ちていない。なお今は107.2なので、日本の物価は史上最高水準である。
他方、はるかに深刻なのが名目賃金である。ピーク時の1997年の114.2と比較すると、アベノミクス前の2012年は、14.2ポイントも落ちていた。
14.2対4.7。
賃金下落率が物価下落率の3倍以上もあるのに、なぜかガン無視されている。
こんなに賃金下がったら、安いものしか買えなくなるんだから、物価が下がるのは当然だろう。なぜそれが無視されたのか。
私は経済に関する本をかなりたくさん読んできたが、「賃金下落をガン無視する」という傾向はほぼすべての本に共通していた。みんなどこ見てんの。
なんでこんなに下がってきたのか、非正規雇用の増大や低すぎる最低賃金も影響しているが、残業代の不払いも大きく影響していると思う。労働事件をたくさんやっているから分かるが、残業代不払いは本当に多い。ほとんどの企業はまともに残業代を払っていない。とんでもない長時間、無賃労働をさせている。だから賃金が上がらないのである。「残業代不払いは経済問題でもある」という意識を持たなければならない。
なお、日本がどれだけ異常なのか、OECD諸国と比較してみよう。
データが揃っている1996年を100とする名目賃金指数である。日本を含めて35か国分。
データ元:OECD
日本は一番下の赤線である。なんと、このグラフにある35か国のうち、日本だけが唯一1996年を下回っているのだ。いやー、日本スゴイね。目先のコストカットに熱中して人間を使い捨ててきた結果がこれです。
ところで、日銀の目標は「前年比2%の物価上昇」、つまり、毎年2%物価を上げていくというものだが、これも名目賃金の傾向をガン無視した目標である。
つまり、物価上昇率を名目賃金上昇率が上回らなければ、実質賃金が下がってしまう。要するに生活が苦しくなる。
したがって、物価が毎年2%上昇するなら、名目賃金はそれ以上に上昇しなければならない。では、名目賃金の上昇率はどうなっているのか。
データ元:厚生労働省
このように、最後に名目賃金前年比上昇率2%に達したのは1992年である。そこから28年もの間、一度も2%は超えていない。それどこからマイナスのオンパレードであり、1998年以降だと、1%を超えたのすら2018年だけである。
しかし、この2018年だけ急にピョコンと上がっているのは、統計をいじってごまかしたからである。詳しくは下記の拙著参照。この問題は国会でも追及されたし、私もそれに参加したのだが、結局問題がややこしすぎて国民の間に広まることは無かった。
ただ、2019年はそのインチキの後遺症も手伝って前年比マイナスとなっている。
自業自得である。
さて、このように名目賃金の傾向からすれば、いきなり物価を上げたら実質賃金が下がり、国民が困窮することは目に見えていた。そして、実際そうなった。さっきのグラフのとおり、実質賃金は2020年の時点で94.4。アベノミクス前より4.6%も落ちている。
なお、必ず「新規雇用者が増えて平均値が下がったから、実質賃金が落ちた」と主張するアホがいる。名目賃金の推移を見れば分かるとおり、2018年まで名目賃金は上昇している。平均値の問題であれば名目賃金も下がらなければならない。
単に物価上昇が名目賃金の上昇を上回ったから、実質賃金が下がっただけである。
さっきも書いたとおり、実質賃金指数=名目賃金指数÷消費者物価指数×100なのだから、「物価」を考慮に入れなければ、そもそも実質賃金の話にならない。しかし、平均値云々言う者に共通しているのは、全然物価に触れないことである。だから名目賃金の話にしかなっていないのだが、それすら気づいていない。
「私は実質賃金の算定方法を知らないアホです」と言っているようなものである。
この実質賃金の下落で日本のGDPの半分以上を占める実質家計消費はとんでもないことになっている。
データ元:内閣府
2020年はコロナの影響だから仕方ないが、その前から悲惨である。
2014年~2016年にかけては3年連続して落ちている。これは戦後初である。
また、2019年は、6年も前の2013年より下である。この「6年前を下回る」というのも戦後初である。
結局、2013年以降全ての年で、2013年の数値を下回っている。戦後最悪の消費停滞である。もちろん消費税増税の影響もあるが、それだけではこれほど落ちない。円安による物価上昇が被さったことにより、こんな悲劇が生まれたのである。これも私以外指摘している人を見たことが無い。みんなどこ見てんの。一番大事なところなのに。
そして、今後待っているであろう事態は、さっきも言ったとおり、円安+原油高の悪魔合体である。
もう一度言うが、ほしいものは今のうちに買っておいたほうが良いと思う。値上がりする前に。
最後に、最近私が所属するブラック企業被害対策弁護団で本を発売したので宣伝しておく。なんで賃金が上がらないのかはこれを読んでも分かると思う。