新書【データが語る日本財政の未来】ダイジェスト
今年の2月7日,私の新しい本が発売される。
日本財政の過去・現在・未来について書いた本である。
思想の左右を問わず,財政は無視ないし軽視されている気がする。
この本を読めば分かるはず。財政こそが最も重要であると。
通貨は信用で成り立っている。その信用の基礎になるのが,その通貨を発行している国の財政なのである。
つまり,財政問題は最終的に通貨の信用に行き着く。財政がダメになると通貨が暴落し,国民の生活を直撃する。このことが理解されていない。
前著「アベノミクスによろしく」でも最後に財政問題について触れたが,今回はそれをさらに深く掘り下げた。
前著で使用したグラフや表の数は約90個だったが,今回は約160個ある。戦前のデータも使った。
高校生ぐらいの読解力でも理解できるよう分かりやすく書いたつもりである。
「日本は絶対財政破綻しない」という財政楽観論が高橋洋一氏を中心にかなり流布されているが,それを完全に否定する内容となっている。
内容のダイジェストを書く。
第1章 国債とは何か
この章では,国債の種類・根拠法律,一般会計と特別会計,国債発行の仕組みについて説明している。
これによって日本の資金繰りと,もし金利が急上昇したら一体どうなるのかが理解できる。
日本の資金繰りを理解するには「60年償還ルール」「借換債」「国債整理基金特別会計」といった言葉を知る必要がある。おそらく国民の99.9%はこれらの言葉を知らないだろう。
そして,日本政府の資金繰りを理解した時,「狂っている」と感じるに違いない。
「日本人の財産は無限に存在する」という前提が無い限り絶対に維持できない空前絶後の自転車操業。
端的にまとめれば「今年新しく借りた金は借換を繰り返して60年後に返し終わります」という運用をしている。毎年新規の60年ローンを組んでいるようなもの。
2018年に新しく借りた金は2078年に返し終わるということだ。こんなにゆっくり返してたら元本は全然減らないし,その間ずーっと利息が発生し続ける。で,その利息を払う費用も借金で調達する。こんなことをしてるから残高が膨らみまくるのである。
2078年だと,私は94歳。多分死んでると思う。
その時の日本,今より5000万人以上人口少ないんだぜ。
こういうことを言うと「最後は日銀から借りればいいから大丈夫」と言う輩がいる。
それで問題無いなら最初からそうしている。
それができない理由もこの本を読めば分かる。
なお,財政楽観論者に広く支持されている松尾匡教授とつい最近ツイッター上で論争になった。
上のまとめは私が松尾教授の国債に関する知識の無さをツッコミまくる内容になっている。あまりに分かっていなかったので本当に驚いた。この理解だと,なぜ異次元の金融緩和の出口が問題になっているのかも全然分かっていないはず。
どうしてあんなに楽観論を振りまけるのか不思議だったのだが,国債の知識が全然なかったことが大きく影響していたようである。
第2章 どうしてこうなった
この章では,日本財政が悪化していった原因を,オイルショック,バブル,日本の金融危機,リーマンショックという出来事と一緒に分析している。
「経済成長すれば何とかなる。」という発想は,与野党問わず今も言われていることである。
だが,その発想は昔からあったものなのだ。ずーっと「経済成長すれば何とかなる」と思い込み,突っ走ってきたのだ。その結果,日本財政に何が起きたのか・・・
この章は日本経済及び日本財政敗北の歴史である。
特にバブルの愚かさ,そしてその崩壊の影響の大きさに改めて驚くと思う。
第3章 税収の国際比較
この章では,税収の核となる所得税・法人税・消費税について,対GDP比を主要国と比較して分析している。
特に所得税が低い。所得税を減税し過ぎたことが税収低下に大きく影響した。
さらに,分離課税等,極めて不平等な状態になっている。
法人税も,国際的に比較すれば高いものの,大企業が有利になる不平等な状態になっている点は見過ごしてはならない。
消費税が所得税・法人税と比べて不平等な税であることは間違いない。
ではなぜ政府が消費税を上げたがるのか・・・その理由も書いてある。
端的に言うと安定してがっぽりとれるから。取る側からすると,最強の税。
要約すれば,日本は減税する余裕などないくせに所得税と法人税を減税し,代わりに消費税で穴埋めしようとしたものの,全然穴埋めできなかった。
そうして歳出と税収の差が開き続けてきたのである。
徴税力と再分配機能を弱めた挙句借金を積み上げまくるという踏んだり蹴ったり状態。
結局,その背後に透けて見えるのは「経済成長すれば何とかなる」という発想である。
所得税と法人税の減税は経済成長につながると思ったのだろう。で,経済成長すれば減税した元を取れると。
が,見事に失敗し,巨額の債務に足を取られ,未来への投資にお金を回せないという状態に陥ってしまった。
本気で立て直すなら,今まで後回しにした分,極端な増税が必要になるが,もはや不可能。
増税には国民の理解が必要不可欠であり,そのためには「受益感」が必須である。しかし,今の状態だと負担が増えるだけであり,全く受益感は増加しない。
第4章 アベノミクス
この章は前著「アベノミクスによろしく」をコンパクトにまとめたものである。
だが,全く同じことを書いているわけではない。新しいことも書いてある。
高度経済成長期の賃金と物価の上昇についての分析も書いた。
端的に言うと,本物の経済成長をしているときは,名目賃金が大きく伸び,それが物価を引っ張りあげるのである。高度経済成長期の名目賃金の伸びは,物価上昇の伸びを大きく上回っている。
だが・・・アベノミクスで起きたのは逆の現象だった。物価は上がったのに,賃金はほとんど上がらなかった。物価上昇の要因には消費税も影響しているが,アベノミクスがもたらした円安の影響の方が大きい。
単純な間違いだ。順番が逆だったのである。
その弊害は実質賃金低下,消費の冷え込み,エンゲル係数の急上昇に現れた。単に生活が苦しくなっただけだった。
また,バブルとの比較も重要な視点だ。
結局,あれほど痛い目にあったのに同じようなことをやっている,ということが分かるはずである。
バブル時代よりも悪質なのは日銀マネー等の公的資金を使ってバブルを引き起こしているということ。
バブルはいつか絶対にはじけるもの。今度のバブル崩壊がもたらす影響は,かつてのバブル崩壊の比ではない。
第5章 ソノタノミクス
この章ではGDP改定に伴うかさ上げ現象「ソノタノミクス」について書いている。
GDP改定のどさくさに紛れてアベノミクス以降のGDPが思いっきりかさ上げされたため,私はその現象を「カサアゲノミクス」と名付けた。
しかし,この名称だと「GDPかさあげは国際基準に合わせただけ」と喧伝されてしまい,国際基準と全然関係ない「その他」の部分で異常なことがされていることが隠されてしまうことに気付いた。
そこで「ソノタノミクス」に改称した。これならごまかしようがないだろう。みんなこちらを使ってほしい。
なお,日銀もGDPが怪しいことになっていると思っているらしく,内閣府にGDP算定の一次資料の提出を求めたことが報道された。
「まー結局潰されるでしょ」と思ってたら案の定そうなった。その後,追加の報道は何もない。
THE 圧力。
前著でもこの問題に触れたが,その後内閣府が「その他」の「内訳表に近いもの」を出してきたので,その点について突っ込んだ分析をしている。
結論を言えば,GDPの約6割を占める家計最終消費支出が最も怪しいことになっている。
その他,ついでに総務省の怪しい新統計や,名目賃金上昇のカラクリについての分析も書いている。
追い込まれたからとうとう統計をいじりだした。
「まさかそこまでやらないはず」と思ってはいけない。
「まさかそこまでやらないはず」をがんがんやりまくってきたのが安倍政権なのだから。
第6章 日本は資産があるから大丈夫?
「日本には資産がたくさんあるじゃないか。借金からこの資産を差し引け」と主張する者がいる。最初に言い出したのは高橋洋一氏だろう。確かに,資産分を差し引けば日本の借金は大きく減額される。
借金から資産を差し引くということは,いざとなったら全部売れるということを前提としていると言える。
少し考えれば分かるのだが・・・物凄くでたらめな説である。
例えば資産には自衛隊の基地や武器も全部含まれているが,それらを全部売ったらどうやって国を守るのだ。ていうか,誰に売るんだ。
こういうことを言うと「そういう資産は売らないに決まってるだろ」とか言われそうである。
それを言い出すと「じゃあ売れる資産って何?」という話になり,売れるのかどうか全部検討する必要が生じる。そこで,資産の種類別に「本当に売れるのか」をかなり突っ込んで分析してみた。
そもそも資産を全て売りとばして借金返済に充てるというのは破産と同じ。そんな国は人類の歴史上存在しない。資産の全くない一文無しになったらその後どうやって国を運営していくのだ。そんなアブナイ国の通貨や国債が信用されると思っているのか。
この章を読めば「資産があるから大丈夫」なんて説は信じなくなるはずである。
その他「対外純資産がたくさんある」とか「経常収支が黒字」とか楽観説の根拠となる考えを根拠をもって全部否定している。いずれもちょっとつっこんで考えれば何の気休めにもならないことは分かるはずなのだが。
第7章 巨額の日銀当座預金がもたらすもの
現在,日銀当座預金は,日銀が国債を爆買いしまくったせいで400兆円に届きそうな額になっている。そのうち400兆円に達するだろう。
この章では,この超巨額の日銀当座預金が何をもたらすのかを説明している。
おそらく一番理解が難しい章である。
結論だけ簡単に言うと,念願のインフレが起きて物価がどんどん上がっていったときに,日銀がそれをコントロールできないことが問題なのである。こんなに日銀当座預金が膨らんでなければそのような事態にならないのだが。
今後物価が上がるとすれば,「日銀はインチキしている」と世界に判断され,円が信用を失い,その価値が下がってきたときに生じる「円安インフレ」であろう。
円安インフレでどんどん物価が上がってきた時,国民は初めて異次元の金融緩和の恐ろしい副作用を目にすることになる。
断言できる。異次元の金融緩和に出口など無い。
なお,この章ではなぜ日銀の直接引受が禁じられているのかも丁寧に説明している。
第8章 歴史は繰り返す~高橋財政~
リフレ派に大変高い評価を得ているのが高橋是清である。リフレ派の大先輩みたいな位置づけになっている。
だが・・・高橋是清の行った高橋財政の「結末」がどうなったのか,これについて詳しく語るリフレ派を見たことが無い。
この章では,アベノミクスと高橋財政の共通点と相違点について書いている。
高橋是清はなぜ殺されなければならなかったのか・・そして,高橋財政が結局どういう結末に行き着いたのか・・我々は知らなければならない。
高橋財政の反省から,建設国債等以外の国債発行を原則禁止する財政法4条,そして,日銀による国債の直接引受を禁止する同法5条が生まれたと言える。
「この失敗を,二度と繰り返すな」・・先人たちの思いが,この二つの条文に込められている。その背景には,あの悲惨な戦争と,戦後生じた極端なインフレに対する痛烈な反省があるのだ。
だが,残念ながら,歴史は繰り返している。
当時は戦争で,今は主に社会保障費が原因で,空前の債務が積みあがっている。
そして,財政法4条は骨抜きにされ,5条についても脱法行為が行われている。
第9章 今,そこにある未来
この国の人口が減少していくことはみな知っているだろう。
では「どれくらいのペースで」減っていくか知っているだろうか?
その減少速度はあなたの想像を遥かに超える。
そして,「生産年齢人口(働き手)が減っていき,高齢者(特に後期高齢者)は逆に増えていく」という事実を知っているだろうか?
それは今よりも少ない人数で,今よりもはるかに巨額の社会保障費を捻出していかなければならないことを意味する。
ただでさえ巨額の借金を背負っているのに,未来はもっとお金がかかるということだ。しかも,それを中心的に負担する働き手の数(生産年齢人口)が恐ろしい勢いで減っていく。
未来の予測は難しいものだが,人口予測は例外だ。かなり正確に算出できてしまう。この現実は受け入れざるを得ない。
間違いなく,人類が経験したことの無い異常事態。
こっちはHPもMPもアイテムも使い果たしているのに,ラスボスがあと3回くらい変身を残しているような状態だと思えば良い。
この現実を知って,それでも「経済成長すれば何とかなる」と言えるだろうか。
バブル崩壊後の就職氷河期が,あろうことか人口ボリュームの大きい第二次ベビーブーム世代を直撃してしまった時点で,こうなる運命だったと言えるかもしれない。それは少子化につながり,経済成長にも悪影響を及ぼした。
昔から人口減少問題を指摘する人はいた。とっくの昔から予測はできていた。
が,無視された。
不都合な事実は徹底的に無視して思考停止する。これは日本人の特性なのだろうか。
最後に
この本は,思想の左右を問わずあらゆる人に冷水を浴びせる内容である。
あまりにも容赦なく現実を書いているので泣くかもしれない。
「不安をあおるな!」等と色々批判されることだろう。
だが,そう言って現実を直視せず,楽観論に従って逃げ続けてきた結果がこれなのだ。
失敗しても失敗しても反省せず,軌道修正をしてこなかった。
「経済成長すれば何とかなる」という幻想にすがり続け,辿り着いたのが「アベノミクス」という究極の現実逃避であった。そして逃げ場を失った。
我々が立っているのは固い地面の上ではない。
いつ割れてもおかしくない薄い氷の上に立っている。
残念ながら,もう逃げられない。
団塊の世代は逃げられると思っているかもしれないが,その考えは甘い。
アベノミクスの副作用が爆発した時,最も大きな被害にあうのは団塊の世代なのだから。
嫌われるのを覚悟で誰かが本当のことを言わなければいけない。
見たくない現実を突きつけなければならない。
そうでなければ,また同じ過ちが繰り返される。
その上,この事態を招いた人達の責任逃れも許すことになる。
たまたま,言いにくいことを言う役割が回ってきたのが私。そう割り切っている。
私はもう破滅的な事態を覚悟している。
そこからどう立て直せるかが重要だと思っている。
さて,最後に一言。
この本について批判するのは自由だが読んでからやっていただきたい。
このブログの読者ならご存知のとおり,前著の際も読んでもいない人から本の内容に関するデマを流されたことがあった(本人がきちんと謝罪したので解決した)。
読んでもいない人がトゥギャッターで私の本に関するまとめを作り,読んでもいない人同士で議論が交わされるという珍現象も起きた(もうそれ,私の本関係ないじゃん。本の名前使うなよほんと)。
この記事はあくまでダイジェストに過ぎない。批判は読んでから。
田中秀臣教授,そこは修正した方がいいんじゃないですか。
最近,リフレ派経済学者の田中秀臣氏の下記本を読んだ。
内容的には,高橋洋一氏が言ってるのと同じことを言ってるなぐらいの感想。私としては特に真新しさは無いなと感じた。
で,この本に下記の記述がある。
また賃金の動向を見てみると、名目賃金(全産業の現金給与総額)は現状で21年5カ月ぶりの前年比3・6%という大幅上昇である。この名目賃金の伸びを反映して、実質賃金も同じく21年ぶりとなる2・8% の増加となって表れている。
田中秀臣. 増税亡者を名指しで糺す! (Kindle の位置No.1237-1239). 株式会社 悟空出版. Kindle 版.
私のブログの読者であればご存じだと思うが,急激な賃金の伸びにカラクリがあることは既に下記の本年9月10日付の記事で説明した。
かなり拡散したのだが田中教授の目には入らなかったのだろうか。
簡単に言うと,サンプルを入れ替え,さらにベンチマークも更新したのに,過去分について遡及改定しなかったため,賃金が大幅に伸びたことになってしまったのである。
違うデータを比較していると言っても過言ではない。
これが実態を現していないことについては,政府の統計委員会も認めており,本年9月29日付下記東京新聞の記事で報道されている。
記事の重要な部分を引用する。
厚生労働省が今年から賃金の算出方法を変えた影響により、統計上の賃金が前年と比べて大幅に伸びている問題で、政府の有識者会議「統計委員会」は二十八日に会合を開き、発表している賃金伸び率が実態を表していないことを認めた。賃金の伸びはデフレ脱却を掲げるアベノミクスにとって最も重要な統計なだけに、実態以上の数値が出ている原因を詳しく説明しない厚労省の姿勢に対し、専門家から批判が出ている。
問題となっているのは、厚労省が、サンプル企業からのヒアリングをもとに毎月発表する「毎月勤労統計調査」。今年一月、世の中の実態に合わせるとして大企業の比率を増やし中小企業を減らす形のデータ補正をしたにもかかわらず、その影響を考慮せずに伸び率を算出した。企業規模が大きくなった分、賃金が伸びるという「からくり」だ。
多くの人が目にする毎月の発表文の表紙には「正式」の高い伸び率のデータを載せている。だが、この日、統計委は算出の方法をそろえた「参考値」を重視していくことが適切との意見でまとまった。伸び率は「正式」な数値より、参考値をみるべきだとの趣旨だ。
参考値を見ろと統計委員会は言っている。
参考値だと今年6月の名目賃金前年同月比は1.3%。
6月はボーナス月であり振れ幅があるので,ボーナスを除いた値で見ると0.6%。
パートタイム労働者に絞ってみると、なんとマイナス0.2%。
https://www.mhlw.go.jp/toukei/itiran/roudou/monthly/30/3006r/dl/pdf3006r.pdf
こちらが実態である。
疑問なのは,田中教授の著書の発行日が本年12月7日であること(キンドル版は同月13日)。
東京新聞の記事は9月29日付。専門家の間ではかなり話題になったはず。
知らないでそのままにしてしまったのか。
知ったのならば発行までに時間的余裕はあるから修正できたはず。
何しろ統計委員会が参考値を見ろと言っているのだから,それを無視するのは専門家としてあるべき姿勢ではないだろう。
もし,知らなかったのならば,けっこう恥ずかしいことである。我々弁護士が法改正を知らないようなもん。
ついでにいうと田中教授が言ってる3.6%は速報値であって,確報値は3.3%だからね。私が9月10日にブログ書いた段階で確報値は公表されている。なんで速報値の方を使ってしまったのか。
修正した方が良いと思うがいかがだろうか。
なお,この本にも高橋洋一氏が唱える財政楽観論の理屈が色々出てくるが,来年2月に出る私の本でそこら辺の楽観論について全否定する内容を書いている。
この本は財政の基本的知識から書いており,分かりやすさを心がけたので誰にでも理解できるはずである。財政楽観論のいい加減さをよく理解していただけると思う。
前著と違って漫画もなくタイトルも地味だが,内容は更に進化している。
前著の図表の数は約90個だったが,これは約160個。徹底的にデータに基づいて書いた。戦前のデータまで遡り,日本財政の過去・現在・未来が分かる内容になっている。
そのうち前著同様,私のブログにダイジェスト版を書く予定。
【賃金21年ぶりの高い伸び率】の真実
1か月ほど前になるが、今年6月の名目賃金の前年同月比が3.6%を記録し、21年ぶりの高い伸び率であると報じられた。
結論から言うと、背後に凄まじいインチキがある。
ポイントは下記の二つ。
①一部が異なるサンプルをそのまま比較している。
②賃金算出の際に使うベンチマーク(基準)が、去年より高く出るものに更新されている。
まず、上記で報じられたのは「速報」であり、「確報」だと前年同月比3.3%である。確報だと0.3%下がる。
下記リンクを参照。
https://www.mhlw.go.jp/toukei/itiran/roudou/monthly/30/3006r/dl/pdf3006r.pdf
で、大事なのは上記資料の末尾に、ものっそいちっさい字で書いてある「利用上の注意」の部分。以下引用する。
調査事業所のうち30人以上の抽出方法は、従来の2~3年に一度行う総入替え方式から、毎年1月分調査時に行う部分入替え方式に平成30年から変更した。賃金、労働時間指数とその増減率は、総入替え方式のときに行っていた過去に遡った改訂はしない。
今まで、毎月勤労統計調査の際のサンプル事業所は、2~3年に一回全部入れ替えていた。
当然、それだとデータに変な段差ができてしまうので、さかのぼって改訂していた。
しかし、その遡及改定を今回は止めてしまったのである。
で、サンプルを総入れ替えではなく、一部入れ替えにした。
一部が異なるサンプルをそのまま比較していることになる。この時点でもうおかしい。
だが、影響がもっと大きいのは、ベンチマークの更新である。
厚労省の資料をそのまま引用する。これは新旧サンプルの差額について厚労省が要因分解したものである。
https://www.mhlw.go.jp/toukei/list/dl/maikin-rotation-sampling.pdf
旧サンプルと新サンプルを比較すると、差が2086円もある。
そのうち、部分入れ替えによるものが295円。
ベンチマークの更新によるものが1791円である。
ベンチマークとは、「基準」という意味である。
毎月勤労統計調査はサンプル調査であり、全事業所に対して実施しているものではない。
他方、経済センサスは全数調査であり、常用労働者数については正確な数がこれで分かる。
そこで、全数調査の結果を基準(ベンチマーク)にして、サンプル調査で得られた数字を修正しているのである。新ベンチマークは平成26年経済センサスを使っている。
(サンプル調査と全数調査だと,事業所規模ごとの労働者の比率が異なる。そして,賃金は事業所の規模が大きいほど高くなる。だから,全数調査で得られた結果を元に,サンプル調査の数字を修正してより正確なものにしているのである。)
で、新旧のベンチマークに基づいて算出された常用労働者数を比較しているのがこちら。これも前期厚労省資料からそのまま引用。
新ベンチマークの方は、5-29人の事業所に勤める労働者の割合が2.8%落ちている。
規模の小さい事業所の方が給料が低い。5-29人の事業所の給料は,30人以上の事業所の給料と比較すると,新旧共に7万円以上も低い。
したがって、規模の小さい事業所に勤務する労働者の割合が減ると、平均賃金は上がる。
つまり、新しいベンチマークの方が、賃金が高く出る。だから,ベンチマークの更新だけで1791円も増えるのである。
で、遡及改定していないので、平成29年までの賃金は旧ベンチマークのまま。
新しいベンチマークを採用している平成30年の数字とは、当然大きな差が出ることになる。
もう一度簡単にまとめると①サンプルが一部異なるし②ベンチマークも違うのである。
さて、これによって平成30年の賃金の伸び率は当然高く出る。それ以前の3年間と比較してみよう。異常事態が起きている。
毎月勤労統計調査 毎月勤労統計調査 全国調査 長期時系列表 | ファイルから探す | 統計データを探す | 政府統計の総合窓口
平成30年1月以降はそれ以前に比べて明らかに伸び率が高くなっている。
それ以前の3年間は、前年同月比伸び率が1%を超えたことがたったの3回しかない。
だが、平成30年1月~6月は、4月を除いて全部1%を超えている。
その上、過去3年間で一度も無かった2%以上が3回もあって、そのうち1回は3%を超えている。ベンチマークが違うからこんなに差が出るのである。
では、本当の数字はどうなっているのか。
先ほど言ったとおり、サンプル事業所について、全部入れ替えではなく一部入れ替えに変更された。
そのため、入れ替え前後で共通する事業所が出てくる。
厚労省は参考として、その共通事業所の前年同月比のデータも出している。
下記資料の最後から2ページ目。
https://www.mhlw.go.jp/toukei/itiran/roudou/monthly/30/3006r/dl/pdf3006r.pdf
それによると、共通事業所における平成30年6月の前年同月比は1.3%。
「前年比3.3%」とは2%も違う。
しかも、6月はボーナス月なので、変動が大きい。
そこで、ボーナスを除いた「きまって支給する給与」を見てみると、わずか0.6%。
パートタイム労働者に絞ってみると、マイナス0.2%。
同じサンプルを比較しているのだから、こちらの方が実態に近いと言うべきである。
だいたい、下記のとおり今までの賃金の推移を見れば、いきなり3.3%の高い伸び率を示すわけがないのである。
賃金・・毎月勤労統計調査
これは名目・実質賃金指数と消費者物価指数の推移を示したものである。
アベノミクス前との比較がしやすいよう、2012年=100として計算している。
これを見ると、開始から5年も経過したのに、名目賃金(青)はわずか1.5%しか伸びていない。
他方、物価(赤)は6%も上がった。日銀の試算によれば、消費税増税による物価上昇は2%だから、残る4%はアベノミクスがもたらした円安が最も影響している。
増税+アベノミクスで物価を無理やり上げたが、賃金が1.5%しか伸びなかったので、実質賃金は4.2%も下がっている。アベノミクス前の水準に遠く及ばないままである。
「実質賃金下がりっぱなし」という批判を封じるため、平成30年以降の名目賃金の算出方法を変更した、と考えるのは穿った見方であろうか。
なお、当然のことながら、平成30年の名目賃金前年同月比は、サンプルが一部異なる上にベンチマークも違う平成29年との比較になるため、今後も高い数値を叩き出すであろう。
騙されてはいけない。この記事を拡散してほしい。
なお、政府が統計について怪しい操作をしている点は他にもある。
GDPはこちら。
さらに、家計消費の落ち込みをごまかすためか、総務省が怪しい数字を開発したことにツッコミを入れた記事がこちら。
なぜことごとくこんな怪しいことをするのかと言えばアベノミクスが超絶大失敗しているからである。詳しく知りたい方はこちらをどうぞ。